織田信長 公~近世の曙像(名古屋市緑区 桶狭間古戦場公園) 二人の御曹司 万松寺 天主坊に薄汚れた身なりの青年が足早に訪ねて来た。 織田の御曹司、信長である。 その出で立ちは腰に朱鞘の太刀を縛りつけ、髪は茶筅で乱暴に縛りつけ、手には大小の瓜をぶら下げていた。 朱鞘の太刀が無ければ、百姓の若者にも見えるだろう。 渡り廊下をづかづか足音を立て、竹千代君の居る部屋の襖を勢いよく開いた。 部屋には三人の童。 一人は折り紙遊び。一人は書物を読んでいる瞳の大きな童。もう一人は書物を読んでいる童を遠巻きに眺める年上の童だった。 信長は折り紙遊びの童に向かって、 ~その方が松平の竹千代か?~ と切れ長の目を開…
母の便りと黒鶇(くろつぐみ) 万松寺、天主坊に幽閉された竹千代君であったが、織田信秀は竹千代君を戸田康光の持ちかけに応じ、竹千代君を買い取り人質としたものの、その生母に関して意外な事実を知った。 東を固める阿久比(あぐい)城主、久松佐渡守俊勝の再嫁した於大の方である。 さすがに幽閉はしても竹千代君を粗略に扱うことは無かった。 竹千代君の身柄が尾張にあると知った 御母公~於大の方は、岡崎で生き別れた我が子が信秀の元にあることを夫、俊勝に告げた。 御母公は夫 俊勝の許しを得て、手紙や菓子、季節の衣類に至るまで家臣 平野久蔵と竹内久六の両名に持たせて万松寺へ訪ねさせ、竹千代君の安否を確かめた。 どう…
織田信秀、竹千代を万松寺に幽閉する 戸田康光から竹千代を買い取った信秀だったが、 広忠の毅然とした返答に感心したのか、いずれ使い道はあろうかと、竹千代の命を奪おうともせず、万松寺の天主坊へ身柄を置いた。 今川義元も広忠の義心に感心し、~それならば救援の兵を遣わすように~と遠江と東三河の軍を差し向け、三河 小豆坂において織田勢と合戦し、織田方はついに退却した。 松平蔵人信孝が織田方に内応したとはいえ、松平忠倫が討たれたあとは、同志の者たちが没落するのを憤り、自ら打って出たが 返り討ちにあってしまった。 山中城の松平権兵衛重弘も落ち失せたため、織田方はいよいよ大軍を動員して岡崎へ乱入しようとした。…
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