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  • 織田信秀

    織田信秀

    織田信定の嫡男。尾張の戦国武将。子に信長、信行、長益、お市の方など。美濃の斉藤道三、駿河の今川義元等と争うなど戦国武将として活躍。主家、清洲織田家を圧倒する勢力を築くも、急死。

    テーマ投稿数 10件

    参加メンバー 6人

  • 本多正純

    本多正純

    本多正信の子。父、正信の代からの宿老、幕府年寄(老中)。晩年は失脚。父、本多正信は家康に友と呼ばれた参謀、片腕であったため、秀忠の代も幕府年寄として権勢を誇るも、1622年、謀反の疑いで減封。身に覚えの無い正純は固辞するも、逆に秀忠の勘気に触れ、改易の上、出羽国横手に流罪。そのまま横手で没す。

    テーマ投稿数 3件

    参加メンバー 3人

  • 細川晴元

    細川晴元

    細川澄元の子。細川氏(同族)、三好氏などと将軍家を巻き込み政争を繰り返した。

    テーマ投稿数 1件

    参加メンバー 1人

  • 塚原卜伝

    塚原卜伝

    吉川覚賢の子。新当流(鹿島新当流)開祖。「一の太刀」で知られる無敗の剣豪。 三十九度の合戦、十九度の真剣勝負に望み、一度の負傷もしなかったという戦国期を代表する剣豪。弟子に真壁氏幹、斎藤勝秀ら。足利義輝や北畠具教にも剣術を指南したと云われる。

    テーマ投稿数 33件

    参加メンバー 11人

  • 松平広忠

    松平広忠

    松平清康の子。松平宗家八代当主。徳川家康の父。 家臣岩松八弥に刺殺される。広忠の父、清康も家臣の阿部弥七郎に刺殺されている。

    テーマ投稿数 1件

    参加メンバー 1人

  • 松平忠吉

    松平忠吉

    徳川家康の四男。東条松平家第3代当主。後の清洲藩藩祖。 初陣の関ヶ原の合戦で島津豊久を討ち取るも、その時の負傷がもとで死去。

    テーマ投稿数 4件

    参加メンバー 3人

  • 徳姫

    徳姫

    織田信長の長女。徳川信康の正室。母は信長の側室で、信忠、信雄の母でもある生駒吉乃(いこまきつの)。清洲城で生まれたと云われる。 夫、徳川信康が自身の書いた築山殿と信康の罪状を訴える十二ヶ条の訴状により、信長の命で処断されるなど波乱の生涯を送る。

    テーマ投稿数 1件

    参加メンバー 1人

  • 山本勘助

    山本勘助

    三河国宝飯郡牛久保(愛知県豊川市牛久保町)の生まれと伝わる。諸国を流浪し剣術や軍学を修めたとされる。当初は今川氏への仕官を希望していたが叶わず、天文12年(1543年)に板垣信方の推挙を受けて武田信玄に仕える。外見は片目と足が不自由で風采も悪かったと伝えられる。得意の軍略で信玄に様々な献策をして勝利に導くとともに、武田家中に築城術の手ほどきをした。 永禄4年(1561年)の第4次川中島の戦いでは啄木鳥の戦法を考案するが、上杉謙信に裏をかかれて手薄な本隊が奇襲を受けると責任を感じて敵中に突入しそのまま戦死する。享年69。 今でも、当て推量なことを「山勘」「ヤマカン」と言うが、これは山本勘助を略したものが語源であるとする説もある。近現代にあっても彼を軍師として主役・脇役に取り上げた作品は多く、井上靖の歴史小説『風林火山』が特に著名である。

    テーマ投稿数 102件

    参加メンバー 27人

  • 伊達輝宗

    伊達輝宗

    伊達晴宗の次男。伊達氏第十六代当主。子に政宗、小次郎等。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 3人

  • 最上家親

    最上家親

    戦国大名、最上義光の次男。最上氏第十二代当主。山形藩主。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 4人

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