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  • 1位

    徳島県で二ヶ所目の裏見の滝(那賀町)

    <虹が懸かる県道沿いの無名裏見の滝>徳島県の裏見の滝と言えば、以前紹介した、洞穴を抜けた先に落ちる不動の滝が有名だが、那賀町の西三子山麓にも無名の裏見の滝があ…

    春野公麻呂

    自然、戦跡、ときどき龍馬

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  • 徳姫

    徳姫

    織田信長の長女。徳川信康の正室。母は信長の側室で、信忠、信雄の母でもある生駒吉乃(いこまきつの)。清洲城で生まれたと云われる。 夫、徳川信康が自身の書いた築山殿と信康の罪状を訴える十二ヶ条の訴状により、信長の命で処断されるなど波乱の生涯を送る。

    テーマ投稿数 1件

    参加メンバー 1人

  • 山本勘助

    山本勘助

    三河国宝飯郡牛久保(愛知県豊川市牛久保町)の生まれと伝わる。諸国を流浪し剣術や軍学を修めたとされる。当初は今川氏への仕官を希望していたが叶わず、天文12年(1543年)に板垣信方の推挙を受けて武田信玄に仕える。外見は片目と足が不自由で風采も悪かったと伝えられる。得意の軍略で信玄に様々な献策をして勝利に導くとともに、武田家中に築城術の手ほどきをした。 永禄4年(1561年)の第4次川中島の戦いでは啄木鳥の戦法を考案するが、上杉謙信に裏をかかれて手薄な本隊が奇襲を受けると責任を感じて敵中に突入しそのまま戦死する。享年69。 今でも、当て推量なことを「山勘」「ヤマカン」と言うが、これは山本勘助を略したものが語源であるとする説もある。近現代にあっても彼を軍師として主役・脇役に取り上げた作品は多く、井上靖の歴史小説『風林火山』が特に著名である。

    テーマ投稿数 102件

    参加メンバー 27人

  • 伊達輝宗

    伊達輝宗

    伊達晴宗の次男。伊達氏第十六代当主。子に政宗、小次郎等。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 3人

  • 最上家親

    最上家親

    戦国大名、最上義光の次男。最上氏第十二代当主。山形藩主。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 4人

  • 天草四郎

    天草四郎

    益田甚兵衛の子。本名、益田四郎時貞。キリシタン。島原の乱の指導者と云われる。幕府軍の総攻撃により肥前島原、原城(旧領主、有馬家の居城)陥落の際、討死。

    テーマ投稿数 6件

    参加メンバー 5人

  • 徳川信康

    徳川信康

    徳川家康の嫡男。母は正室の築山殿。家康の跡継ぎとして将来を嘱望されるも、内通の疑いで処断される。

    テーマ投稿数 3件

    参加メンバー 2人

  • 足利義輝

    足利義輝

    室町幕府第十二代将軍、足利義晴の子。第十三代将軍。塚原卜伝に奥義を伝授された剣豪将軍。義藤から義輝に改名している。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 7人

  • 村上義清

    村上義清

    村上顕国の子。信濃埴科郡葛尾城主。武田信玄を度々破り、村上氏の最盛期を築く。

    テーマ投稿数 2件

    参加メンバー 2人

  • 織田信雄

    織田信雄

    織田信長の二男。一時、北畠氏を継ぐも、本能寺の変後、織田氏に復姓。織田氏の後継者争いでは秀吉と対立。家康と同盟、小牧・長久手の戦いを引き起こすも、信雄は保護者であった家康に無断で単独講和してしまう。

    テーマ投稿数 17件

    参加メンバー 7人

  • 長篠の戦い

    長篠の戦い

    天正3年(1575年)5月、三河国長篠城をめぐり、織田信長・徳川家康連合軍3万5000人と武田勝頼軍1万5000人との間で行われた戦い。徳川氏の信濃国方面の前線であった長篠城が武田軍に包囲され陥落寸前となったため、家康が織田軍の援軍を要請。5月21日(新暦7月9日)に長篠城西方の設楽原(したらがはら)あるいはあるみ原にて野戦が行われ、織田・徳川連合軍側の勝利に終わった。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 5人

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  • 徳島県で二ヶ所目の裏見の滝(那賀町)

    <虹が懸かる県道沿いの無名裏見の滝>徳島県の裏見の滝と言えば、以前紹介した、洞穴を抜けた先に落ちる不動の滝が有名だが、那賀町の西三子山麓にも無名の裏見の滝があ…

    春野公麻呂 自然、戦跡、ときどき龍馬

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