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  • 1位

    台風の つめ痕深し 橋の下(琵琶橋のシラサギとカモとゴミ)

    新河岸川の新琵琶橋と琵琶橋の間は、まだ両岸に土が残っている。昨年の台風19号の増水で、土の一部が流された。蛇篭が置かれ、小さな堰となっている所の、左岸側が深くえぐられている。上流側には蛇篭があるが、下流側には無いようにみえる。その境目の土が水に流されたようだ。増水するとここに渦が出来るが、そのせいもあってか、えぐられた所が大きくなっているように感じられる。事実、下には落ちたばかりの土の塊がある。それにしても、この堰にはゴミが多く溜まっている。以前は、こんなには集まっていなかった。この上流の両岸をきれいに整理したため、一気に川を下り、ここに引っかかっているようだ。岸辺には、1羽のシラサギがいた。動きが小さくて気付かなかったが、すぐそばの水中には2羽のカモがいて、食餌中だった。少し後でまた行ってみると、シラサギは堰...台風のつめ痕深し橋の下(琵琶橋のシラサギとカモとゴミ)

    川越原人

    川越雑記帳2

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  • 2位

    「医療を歪める『ニセ科学』」★文藝春秋三月特別号

    「医療を歪める『ニセ科学』」。日本人の二人に一人が”ガン”にかかると言われる時代...

    sugikan

    千々石(ちぢわ)deその日暮らし

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  • 3位

    南房総の酒 寿萬亀

    南房総の地酒として昔から有名なのは鴨川の

    そうせい

    のんびり勝山生活

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  • 4位

    【日本100名城】小谷城

    ■所在地 滋賀県長浜市湖北町伊部■遺構 石垣・郭・土塁 ■城のタイプ 山城 ■築城者 浅井亮政・久政・長政 小谷城は、浅井亮政・久政・長政の居城です。3代目、…

    RYO

    金森戦記外伝-歴史私記

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  • 5位

    磨崖仏、崩壊後の対応策

    分類:歴場所:いわき市鹿島町久保相京作崩壊現場の対策工事を協議令和元年(2019)8月24日夜に、磨崖仏のある岩山が崩壊した後の対策工事について去る2月17日に鹿島公民館に於いて、県いわき建設事務所と鹿島町連合自主防災会・鹿島町区長会が今後の対応策について協議が行われました。《跡形も無くなった通称、岩薬師が崩壊した当時の惨状》同建設事務所は概ね次のような工事日程の説明をし、これに伴い鹿島町連合自主防災会と鹿島町区長会では、工事中における通学児童の安全確保・地域住民の不便さ緩和・交通渋滞の抑制などを強く求めながら双方の協議で意見の一致をみました。【工事内容】崩れた岩魂と上部にある岩盤を小割にして搬出する。【工事日程】2月25日準備工(丁張り、伐採等)3月10日岩撤去、仮設防護柵設置6月頃暫定3車線確保10月頃暫定...磨崖仏、崩壊後の対応策

    いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

    いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

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  • 6位

    岡山県笠岡市へ

    若狭坊

    若狭坊のまちづくり日記

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  • 7位

    ポツポツと まだ小降りだね ユキヤナギ

    少し前から、ユキヤナギの花が咲き始めた。1ヶ所に数輪の花が集まり、それがあちこちに散らばっている。満開にはまだ時間がかかりそうだが、桜の開花予想も早まっているので、意外に早いかも知れない。ポツポツとまだ小降りだねユキヤナギ

    川越原人

    川越雑記帳2

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  • 8位

    解決編→『津久井県の「漆」』補遺:「ホイ」って何?

    以前漆について記事を書いている過程で目にした「漆ホイ」という言葉について、当時はその意味を示した文献等を見出せず、恐らくは若木若しくは苗木の意かと推測を書き記すことしか出来ませんでした。その後殆ど念頭から消えかけておりましたが、今日になって偶然その意味を記した本を見出すことが出来ました。三保地区の位置関係(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)「酒匂川文化財総合調査報告書」(酒匂川...

    kanageohis1964

    地誌のはざまに

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  • 9位

    枝剪られ I字V字の イチョウかな(喜多院)

    早咲きのサクラ咲いている喜多院の境内に、大量の木の枝が置かれていた。その枝は鐘楼門の前に積まれ、周りを紅白の三角コーンで囲っている。その奥に枝を伐られた1本のイチョウが見える。枝の量からして、その1本分よりも多いと感じた。では、こっちもそうか、と思ってトイレの脇を見ると、やはり枝を落とした2本のイチョウがあった。左側の中央部にまだ枝が見えるが、ほぼ丸裸の状態に見える。枝剪られI字V字のイチョウかな(喜多院)

    川越原人

    川越雑記帳2

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  • 10位

    大河・かこがわ(177) 中世の石造物(19)・水主供養塔

    前回の「黒岩摩崖十三仏」で、「中世の石造物」を終える予定でしたが、高砂市の十輪寺の境内にある。水手供養塔(かこくようとう)を付け加えておきます。水手供養塔(かこくようとう)十輪寺(高砂町)を訪ねます。本堂の東側に、多数の石塔に囲まれた一基の大きな宝篋石塔(写真)があります。これは、1592年(文禄元)、秀吉の朝鮮侵略の際にかりだされて溺死した水手の供養塔です。この戦いに、高砂から100人が徴発され、帰国途中に96人が溺死したといいます。「文禄・慶長の役」とよばれる朝鮮侵略では武士のみでなく、多くの民衆が動員されました。「高麗へ渡り候へば、二度と帰らぬ・・・」とまでいわれ、多くの水夫・武士が死亡しました。この供養塔は、全国的にも貴重な民衆側からの朝鮮侵略を記録する石造物です。96の石塔群は、1730年に建てられた...大河・かこがわ(177)中世の石造物(19)・水主供養塔

    ひろかずのブログ

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  • 清洲城

    清洲城

    清洲城(清須城)は、応永12年頃に尾張守護斯波義重が築城した。 その後、慶長15年に名古屋城築城にともなう「清洲越し」が行われるまでの200年の長きに渡って、尾張の府城であった。  城は、織田信長が城主となって以来、整備拡張が続けられた。 天正10年、織田信雄によって大天守・小天守が築かれ、三重の堀もめぐらされた。  織田信雄改易後、秀吉の時代には豊臣秀次・福島正則が城主となった。 関ヶ原の戦功により福島正則が安芸広島に移され、家康の4男忠吉、ついで9男義直が城主となった。 

    テーマ投稿数 8件

    参加メンバー 4人

  • 武田勝頼

    武田勝頼

    武田信玄の四男で武田家最後の当主・勝頼に関連することならんでもOKです!

    テーマ投稿数 50件

    参加メンバー 11人

  • 本願寺

    本願寺

    本願寺の歴史や一向一揆のことなど関連すること全般。

    テーマ投稿数 1件

    参加メンバー 1人

  • 本願寺

    本願寺

    本願寺の歴史や一向一揆のことなど関連すること全般。

    テーマ投稿数 22件

    参加メンバー 5人

  • 皇室・皇族

    皇室・皇族

    皇室・皇族にゆかりのある話題・ニュース 明仁天皇・美智子皇后 徳仁皇太子・雅子妃・愛子様 秋篠宮文仁親王・紀子妃・悠仁様・眞子様・佳子様 黒田慶樹さん・清子さん 常陸宮家、三笠宮家、寛仁親王家、桂宮家、高円宮家 神武・綏靖・安寧・懿徳・孝昭・孝安・孝靈・孝元・開化・崇神・垂仁・景行・成務・仲哀・應神・仁徳・履中・反正・允恭・安康・雄略・清寧・顯宗・仁賢・武烈・繼體・安閑・宣化・欽明・敏達・用明・崇峻・推古・舒明・皇極・孝徳・齊明・天智・弘文・天武・持統・文武・元明・元正・聖武・孝謙・淳仁・稱徳・光仁・桓武・平城・嵯峨・淳和・仁明・文徳・清和・陽成・光孝・宇多・醍醐・朱雀・村上・冷泉・圓融・花山・一條・三條・後一條・後朱雀・後冷泉・後三條・白河・堀河・鳥羽・崇徳・近衞・後白河・二條・六條・高倉・安徳・後鳥羽・土御門・順徳・仲恭・後堀河・四條・後嵯峨・後深草・龜山・後宇多・伏見・後伏見・後二條・花園・後醍醐・後村上・長慶・後龜山・光嚴・光明・崇光・後光嚴・後圓融・後小松・稱光・後花園・後土御門・後柏原・後奈良・正親町・後陽成・後水尾・明正・後光明・後西・靈元・東山・中御門・櫻町・桃園・後櫻町・後桃園・光格・仁孝・孝明・明治・大正・昭和

    テーマ投稿数 687件

    参加メンバー 163人

  • 斉藤道三

    斉藤道三

    戦国時代の美濃国(岐阜県南部)の武将である。名は秀龍(ひでたつ)で、道三は号。元は山城国(京都)出身の油売商人であったと伝えられる典型的な戦国大名。次々と仕官先の主家を乗っ取り、謀略などを多用した事などから、美濃の蝮と呼ばれ、下克上を体現した人物であったとみなされる。子に義龍、利尭、帰蝶、孫四郎、喜平治、長龍。父は松波基宗または飯尾彦六左衛門尉(この場合松波基宗は祖父)か。 墓所は岐阜県岐阜市の常在寺ほか、同市の道三塚。常在寺には道三の肖像、「斎藤山城」の印なども所蔵されている。

    テーマ投稿数 8件

    参加メンバー 5人

  • 浅井長政

    浅井長政

    戦国時代の戦国大名、武将。正式名乗りは藤原長政。家系としては浅井氏は藤原姓を称するが、学説には現地の土着豪族の出かといわれている。 近江国小谷城主浅井久政の子、母は井口守経の娘。兄弟に浅井政元。室は織田信秀の娘のお市。嫡子万福丸は滅亡時にとらえられ処刑された。女子に豊臣秀吉の側室となった茶々、京極高次の室となった常高院、徳川秀忠の室となった於江与。

    テーマ投稿数 36件

    参加メンバー 7人

  • 福島正則

    福島正則

    幼少より豊臣秀吉に仕え、天正11年(1583)の賤ケ岳の戦いでは、七本槍の筆頭にあげられ、数々の戦功をたて、文禄4年(1595)には清洲城主24万石となる。慶長5年(1600)関ヶ原の合戦では、東軍(徳川方)に属し、その主力として活躍。戦功により、安芸広島城主となる。  晩年は不遇で、元和5年(1619)信州川中島4万5千石に減封、蟄居。しかし、治水工事にはたけ、加藤清正とともに名古屋城堀川を築いたことは有名。現在、長野県小布施町岩松院に墓碑が、地元二ツ寺菊泉院に位牌が残っている。

    テーマ投稿数 11件

    参加メンバー 6人

  • 前田利家

    前田利家

    加賀藩主前田氏の祖。前田利昌の4男、母は竹野氏の娘(長齢院)。正室は尾張守護 斯波氏の家臣高畠直吉の娘芳春院(まつ)、側室は千代保(寿福院)など多数 。兄弟に前田利久、前田安勝、佐脇良之。従二位・権大納言。薨後、贈従一位。生年は異説あり。

    テーマ投稿数 20件

    参加メンバー 11人

  • 佐々成政

    佐々成政

    織田の家臣、柴田勝家の与力。 初め信長の父、信秀に仕え、永禄4(1561)年頃までに黒母衣衆に抜擢され、以降天正3(1575)年頃までは信長の戦いに従軍した。 天正3(1575)年9月、越前の一向一揆を平定すると、勝家の与力を命じら、北陸方面の軍事を担当するようになる。 「変」の頃には、上杉景勝と越中魚津で対峙していた。 「賎ケ岳」では、勝家に組し、上杉氏に備えるため越中に残った。 「賎ケ岳」後、秀吉方となった能登の前田利家と抗争を続け、天正12(1584)年の小牧・長久手の戦いでは織田信雄・家康に呼応し、秀吉に対抗したが降伏。 天正15(1587)年の九州・島津征伐に参陣し、この功により肥後一国を封じられるものの、国人一揆を引き起こしたとして、翌年切腹させられた。

    テーマ投稿数 8件

    参加メンバー 2人

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  • ご馳走の真髄

    若狭坊 若狭坊のまちづくり日記
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  • 大河・かこがわ(177) 中世の石造物(19)・水主供養塔

    前回の「黒岩摩崖十三仏」で、「中世の石造物」を終える予定でしたが、高砂市の十輪寺の境内にある。水手供養塔(かこくようとう)を付け加えておきます。水手供養塔(かこくようとう)十輪寺(高砂町)を訪ねます。本堂の東側に、多数の石塔に囲まれた一基の大きな宝篋石塔(写真)があります。これは、1592年(文禄元)、秀吉の朝鮮侵略の際にかりだされて溺死した水手の供養塔です。この戦いに、高砂から100人が徴発され、帰国途中に96人が溺死したといいます。「文禄・慶長の役」とよばれる朝鮮侵略では武士のみでなく、多くの民衆が動員されました。「高麗へ渡り候へば、二度と帰らぬ・・・」とまでいわれ、多くの水夫・武士が死亡しました。この供養塔は、全国的にも貴重な民衆側からの朝鮮侵略を記録する石造物です。96の石塔群は、1730年に建てられた...大河・かこがわ(177)中世の石造物(19)・水主供養塔

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  • 東方城①(深谷市)

    今回は、深谷市の東方城について書きたいと思います。複数回に分けて書きます。調査日は2020.01.20です。東方城は熊谷市の別府地域、利根川氾濫原の段丘上にあります。東から西にかけて奈良氏館、玉井氏館、別府氏館、西別府城、幡羅官衙遺跡、そしてこの東方城と隣接しており、歴史的に極めて重要な地域だったことが推測できます。別府の段丘直下には別府沼という老朽河川がありますが、この河川は実は荒川水系に属します。この別府沼上流には古代の祭祀遺跡もあり、古代ー中世史の重要地点です。幡羅官衙遺跡に接する形で全久院があります。全久院には、戸田松平家の祖、東方城主の松平康長の墓があります。もっとも、松平康長の墓所は現在長野県松本市にあり、以前は全久院にも、松平康長の墓という案合札があったのですが、現在は、撤去されたらしく見当たりま...東方城①(深谷市)

    暗闇検校の埼玉県の城館跡 暗闇検校の埼玉県の城館跡
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  • 049 茅ヶ崎がホストタウン・北マケドニアを通して⑵―ハリケーン・サンディーとアレクサンドロス⑤

    承前「熱帯低気圧」 Wikipedia 各言語版の続き、、、  61 ko ko Korean 열대 …

    titotitowg77 茅ヶ崎、相模、神奈川、日本、極東アジア 今昔
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  • 048 茅ヶ崎がホストタウン・北マケドニアを通して⑵―ハリケーン・サンディーとアレクサンドロス④

    03-01-02-04 「世界」の熱帯低気圧前回の最後に、日本語版 Wikipedia 「熱帯低気圧」にリンクしている、各言語版Wikipedia の「熱帯低…

    titotitowg77 茅ヶ崎、相模、神奈川、日本、極東アジア 今昔
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  • 茅ヶ崎、相模、神奈川、日本、極東アジア 今昔

    世界、世界史の中の茅ヶ崎、相模、神奈川、日本、極東アジア、アジア、ユーラシア、そのまた逆を「文系」「理系」問わず、縦横に、広く、ときには深く、時空間の間の関連付けを目指して探索していきたいと思います。

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  • FUHITO

    あんな神社にこんな伝説。日本神話をはじめ、伝説や歴史という視点で街を切り取るブログです。

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  • 肥前松浦氏を広める為のblog(仮)

    残した足跡に比較して何故かマイナーな扱いしか受けない肥前松浦氏。 そんな松浦氏をメジャーにするためのblogです。 目指せ大河ドラマ!

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  • 月刊「祭」

    マツオタのマツオタのためのマツオタのための月刊誌。 兵庫県の播州地方、三木市の屋台・太鼓台を中心に各地の祭、日本の祭、韓国の祭、世界の祭についてあれこれ書きます。

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  • 横須賀古地図くらぶ

    横須賀の歴史等を勉強しているサークルです。

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