唐帝国は宦官とそれに結びついた藩鎭の傀儡となり、ただ名目上存在しているだけになっています。光化3年には昭宗は宦官に一時廃位され、翌天復元年に崔胤により復位しますが、宦官に執着したため鳳翔李茂貞に拉致されます。朱全忠は茂貞を降し、ついでに宦官を絶滅させ、崔胤を殺して昭宗を東都洛陽に拉致し、やがて昭宗をも殺して、廃帝[哀帝]を立て、禅譲させて唐帝国を亡ぼします。崔胤以外の宰相は単なるお飾りでしかありません。16昭宗宰相史[リンク]15僖宗宰相史[リンク]14懿宗宰相史[リンク]13宣宗宰相史[リンク]12武宗宰相史[リンク]11文宗宰相史[リンク]10穆宗敬宗宰相史[リンク]09順宗憲宗宰相史[リンク]08德宗宰相史[リンク]07睿宗代宗宗宰相史[リンク]06玄宗宰相史[リンク]05中宗睿宗宰相史[リンク]0...昭宗宰相史[附廃帝]
「歴史ブログ」 カテゴリー一覧(参加人数順)