陽明丸とシベリア出兵⑫笠岡市図書館の陽明丸船長「茅原基治」コーナー
笠岡市図書館2fにある茅原基治コーナーには、B5サイズで茅原船長の航海図と顕彰のチラシが置いてある。その航海表と歴史本のその時代とを重ねてみる。国をあげて反ロシアをあおる最中に、陽明丸が人道的な行動を起こすことができたのだろうか?・・・・・・笠岡市図書館のチラシ大正8年(1919)9月アメリカ赤十字はロシアの子供たちを船に乗せてロシアを離れ、混乱が落ち着いたらロシアの親元に返すという救出計画をたてました。世界中の船舶会社に救援を依頼しましたが、引き受けてくれるところはどこもありませんでした。この困難な呼びかけに応じたのが、勝田汽船の社長であり、船長に茅原が選ばれました。大正9年(1920)7月9日、ウラジオストク港から、陽明丸はロシア人の子ども779名をはじめ、ロシア人女性など合計960名を乗船させ出航しました...陽明丸とシベリア出兵⑫笠岡市図書館の陽明丸船長「茅原基治」コーナー
2020/03/13 12:17