歴史ブログ 注目記事ランキング

  • 更新時刻:17/11/20 03:30現在
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順位画像記事タイトル / プロフィールプロフィール / 記事本文 / 関連キーワード
51位 羽柴茶々さん
  • 情報提供京都の覇権を巡って〜東山・川勝寺口の戦い 今日は何の日?徒然日記羽柴茶々さんのプロフィール
  • 大永七年(1527年)11月19日、京都奪回を目指す足利義晴&細川高国勢が三好元長&柳本賢治らと激戦を繰り広げた東山・川勝寺口の戦いがありました。・・・・・・・・・・・・応仁の乱の混乱修復後、室町幕府管領(かんれい=将軍の補佐役)として政権を掌握した細川政元(まさもと)・・・ その政元亡き後に勃発した、細川澄之(すみゆき)、細川澄元(すみもと)、細川高国(たかくに)の3人の養子たちによる後継者争いに打ち勝っ
52位 なきさん
  • 情報提供この高地性集落の分布図はなにを意味するのか?。 遺跡、出土物、古文書を用いた「正解日本史」なきさんのプロフィール
  • ヤマト・邪馬台国のお話をする前に、その時代のちょっと前のお話をする必要があります。邪馬台国が中国の歴史書に記載されているのが、西暦238年から266年の頃まで、その前に『後漢書』によると、桓帝・霊帝の間(146年 - 189年)に倭国で大乱が起こったとしています。となると、邪馬台国が倭のリーダーになった時世は、西暦190年頃から280年頃までだと思われます。その前には、倭国王帥升(すいしょう)が、西暦107年に後漢に朝貢
53位 ゆるりと寺社をめぐってさん
  • 情報提供島根:月照寺 ゆるりと寺社をめぐってゆるりと寺社をめぐってさんのプロフィール
  • 静寂なる寺に脚を踏み入れる旅は終わりを迎えるが新たな道へと思いを馳せて明日の原動力とする【山門】【由緒書】【境内】【大円庵廟門】【寿蔵碑】【庭園】【御朱印】【創建】寛文四年(1664)【所在地】島根県松江市外中原町【松江城】【お堀端 屋形船】
54位 aobashoさん
  • 情報提供肥前一ノ宮 與止日女神社 エデンのオヤジaobashoさんのプロフィール
  • 佐賀県佐賀市大和町に鎮座します、與止日女神社(よどひめじんじゃ)です。500年代には創建が見える古社嘉瀬川の川沿いです小学生が神社の写生に大勢来ていて、力作を描いていました(写真Wikipediaより)宮司さんから色々とお話を伺う親切な方でした女神様のせいか、何となく優しい感じがする神社です。
55位 まこな。さん
56位 hoshiyanさん
  • 情報提供韓国が安倍首相に平昌五輪に出席を求める 俊平の雑学研究所hoshiyanさんのプロフィール
  • 1965年、日本と韓国は日韓請求権並びに経済協力協定を締結し、日韓併合に関する賠償問題は個人分も含めて、完全かつ最終的に解決済みである。この時、日本は韓国の国家予算の2.3倍もの金額を支払った。韓国は、この日本からの経済協力金を原資として、国内のダムや高速道路を整備し、「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げた。だが、その後も韓国は個人の請求権は消滅していないとして、戦時売春婦を旧日本軍の従軍慰安婦
57位 四十路さん
  • 情報提供奥津軽と秋田沿岸部の旅(14) 〜御仮屋〜 四十路直前日記?四十路さんのプロフィール
  •  内陸の種里城を攻略したら、沿岸部に戻って海沿いを走りました。 途中、千畳敷なる観光地を通ってから到着したのは… 御仮屋です。 上の写真は虎口っぽいですね。 御仮屋とは参勤交代や鷹狩の途中で大名などが休憩する場所のことなので、全国にその名を見ることが出来ます。 ここの御仮屋は、特に9代津軽藩主のお気に入りの御仮屋なんだそうです。 このすばらしい景色を見たら、お気に入りにもなるでしょうな。[奥津軽] ブ
58位 荒川和人さん
  • 情報提供鴨長明(1)永秀法師 日本音楽の伝説荒川和人さんのプロフィール
  • 鴨長明(かものちょうめい)は、ちょうど源平合戦のあった平安時代末期から鎌倉初期にかけての随筆家、歌人です。彼が書いた『方丈記』は、『枕草子』『徒然草』と共に、わが国の三大随筆の一つに数えられています。元々、下賀茂神社の禰宜の次男でしたが、神社内部の出世争いに敗れて出家したと言われています。鴨長明の『発心集』から、笛の名手の僧侶のエピソードをご紹介します。『発心集』 第6巻-7 「永秀法師、数奇のこと
59位 aobashoさん
  • 情報提供筑後一ノ宮 高良大社 エデンのオヤジaobashoさんのプロフィール
  • 福岡県久留米市柳井に鎮座します、高良大社(こうらたいしゃ)です。創建は400年頃と言われる古社ですがそれ以前より古代祭祀が行われていたようです312m高良山山頂ですから眺めは筑紫平野一望の素晴らしいもの九州の要として絶好の地だったとも言えます(写真Wikipediaより)山内26ヶ寺、360坊、一千余名の僧徒を支配する神仏習合の聖地でしたが明治時代の廃仏稀釈...
60位 多楽さん
  • 情報提供闇龗神社 野州狛犬見聞録多楽さんのプロフィール
  • 鎮座地:市貝町大字続谷御祭神:闇龗大神・高龗大神 (「龗」は「雨+口口口+龍」)寿永2年(1183)創立。明治29年に続谷地内の高龗神社・琴平神社・稲荷神社を合祀。「高於加美宮・黒於加美宮」とも呼ばれていた。また坂上田村麻呂の鬼退治の伝説も残っている。子どもを食べる鬼が出没するという神社があり、ちょうど軍勢を率いて蝦夷征討に向かう将軍が鬼退治を頼まれた。三日三晩祈祷し四日目の昼に地鳴りが響き、急に空が
61位 まっつんさん
62位 O-jizou3さん
  • 情報提供気多神社 遊び半分・ついでに観光O-jizou3さんのプロフィール
  •       気多(けた)神社 越中国一宮 式内・名神大(小)・県社 祭 神 大己貴命 おおなむちのみこと 奴奈加波比売命 ぬなかわひめのみこと 菊理姫命 くくりひめのみこと 事代主命 ことしろぬしのみこと 2017_10_24
63位 masaさん
  • 情報提供久伊豆神社 癒しの時間〜パステル、お寺・神社巡り等々〜masaさんのプロフィール
  • 今日は朝から良い天気さいたま市の久伊豆神社に行って来ました久伊豆神社ちょっと風は強めかな?参道の木がうなっていました可愛いなぁ、七五三おめでとうございます来年の絵馬が飾られていましたもう年末なんだなぁ〜先週は緑、今日はオレンジ赤く染まるのは、来週末くらいかな?何処の神社に行こうかな〜^^今から楽しみですにほんブログ村
64位 鳳山さん
  • 情報提供インド大反乱とムガール帝国の滅亡 鳳山雑記帳鳳山さんのプロフィール
  •  ムガール帝国は第6代アウラングゼーブ帝崩御の後凋落の一途をたどります。皇帝の死後例によって皇位継承を巡る争いが勃発、ために皇帝権は安定せず在位数か月という事も珍しくありませんでした。シヴァージーの記事でも書いた通りマラーター同盟がインド南部からデカン高原にかけてのムガール領を侵食し、一度は服属したはずのラジャスタン地方の戦闘民族ラージプート族も帝国の統制力が弱ると反抗を繰り返します。 デリー西北
65位 鳳山さん
  • 情報提供レベルの高い国防討論 鳳山雑記帳鳳山さんのプロフィール
  •  例によってチャンネル桜の高レベル軍事討論です。地上波では絶対に放映できない濃い内容です。パネリストは一人を除き全員高級軍人。その一人も高度な軍事情報を握っているまともなジャーナリスト。 3時間と長いですが、日本の国防を真剣に考える人はぜひ見るべきです。私もまだ最初の1時間しか見てませんが、時間を取って最後まで見ようと思います。
66位 古事記・日本書紀・万葉集を読むさん
  • 情報提供無目堅間(まなしかたま)とは 其の一 古事記・日本書紀・万葉集を読む古事記・日本書紀・万葉集を読むさんのプロフィール
  • (Summary)In the story of "Umisatiyamasati", "Hikofofodeminomikoto" young star lost the fish-hook and could not return it, so he wept at the beach. "Shihotsuodi" old man appeared there and told him, ‘if you go on a special basket boat, called the "Manashikatama", you will have a nice coastal road so if you proceed there you will reach the palace of the sea deity and meet a daughter who takes car
67位 バイソンさん
68位 joshさん
69位 ネガタッツンさん
70位 たっつんさん
71位 勢蔵さん
  • 情報提供私見・日馬富士の暴行 勢蔵の世界勢蔵さんのプロフィール
  • 大相撲の横綱・日馬富士関が10月の秋巡業中に貴ノ岩関に暴行した問題で、今、大いに世間を騒がしています。時事には触れないようにしているのですが、好角家の一人として私見を述べたい。10月25日深夜〜26日未明に暴行問題が発生した。貴乃花親方は、秋巡業最終日の29日に鳥取県警に被害届と診断書を提出した。このため世間の話題を独占することになった。貴ノ岩は、26日以降の秋巡業にも参加し、取組を行った時には
72位 竹さん
  • 情報提供◎ 城跡から見た風景その34 二本松城 ◎ 〜未知なる城を求めて〜城郭研究ノート竹さんのプロフィール
  • こんなことしている場合ではないのですが、せっかくのブログ、継続するためにもここらへんで更新を。今回は、福島県二本松城から見た風景です。有名な二本松の菊人形を見て、本丸から眺める風景は、それはそれは絶景でした。見渡す限りの紅葉、山々の色が本当に美しかったです。二本松城はいい城ですね。町の構造もとても面白い。ブラタモリで取り上げるべし。説明面倒なので、写真だけ。このコーナーなら更新は簡単なので、どんど
73位 のろま小夜さん
  • 情報提供怪獣大戦争も全然知らない 5児の母のろま小夜の『ブログで古事記』のろま小夜さんのプロフィール
  • 秋ってイベントが目白押し今週は予定が詰まってました。ま、ほとんどが仕事ですが。で、今日ようやく何にも予定無しのお休み〜でしたので、朝、夫や子供を送り出してから二度寝してました風邪気味なのか疲れからなのか後頭部のリンパの辺りが痛くて水曜くらいがピークだった今日はもうひたすらゆっくりのんびり温かくしてようと決めております。さて、昨年映画館で観て超面白かったシン・ゴジラこないだ地上波で放映されましたね〜
74位 やなぎしきぶさん
  • 情報提供みせばや 文化と歴史Diaryやなぎしきぶさんのプロフィール
  •                    ミセバヤ11月も もう半ばを過ぎて、風が冷たくなりましたね。上のお花は、ベンケイソウ科の多年草で「ミセバヤ」という名を持つ植物です。葉は多肉質で円形、3枚ずつ輪生。 10月ごろには、茎の先についた花が何とも上品な淡紅色でしたが、今朝みたら、もうこんなに色あせていました。「ミセバヤ」の名は、「見せ」+「ばや」願望の終助詞 =「見せたい」という意味の古語ミセバヤ は古
75位 むぎさん
  • 情報提供嶺城(群馬県) むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 嶺城(みねじょう)別名 田中城構造 丘城築城者 北條丹後守築城年代 1558〜1570年(永禄年期)指定史跡 −場所 前橋市嶺町601-2【 地図 】嶺城は北條丹後守(前橋城の城代の一人)が築城し、家臣の田中大弐が居城していた為、田中城とも呼ばれています。標柱と案内看板嶺城本丸という標柱と案内看板があります。実際の本丸はまだこの先の丘の上にあるのですが嶺城の大事な目印になっています。見学者駐車場は
76位 ゆささん
77位 勢蔵さん
  • 情報提供捕物帳のこと 勢蔵の世界勢蔵さんのプロフィール
  • 私は目明しが活躍する捕物小説が大好きです。捕物小説は岡本綺堂の『半七捕物帳』を嚆矢とする。隠居している岡っ引上りの半七老人が、若い新聞記者を相手に昔話を語るという趣向になっている。綺堂は明治5年生まれ、生家は御家人で筋目の江戸っ子である。半七は、伝法(勇み肌であること)で、時に凄みをきかせ、どこか堅気ではない。 そこへゆくと銭形平次は、今の巡査のようにおだやかに話す。作者の野村胡堂は、文藝春秋から
78位 古代日本国成立の物語さん
  • 情報提供仲哀天皇(その1 崇神王朝の終焉) 古代日本国成立の物語古代日本国成立の物語さんのプロフィール
  •  成務天皇には跡継ぎの皇子がいなかったため、異母兄である日本武尊の子、足仲彦尊が皇太子となっていた。そして成務天皇の崩御後に仲哀天皇として即位した。しかし、先に書いた通り私は成務天皇と日本武尊は同一人物であると考えるので、景行天皇、成務天皇(日本武尊)、仲哀天皇は直系で系譜をつないでいると言える。 仲哀天皇が即位した年の11月、天皇は群臣に向かって「自分が二十歳になる前に父の王が亡くなり、魂は白鳥
79位 大澤寺さん
80位 七森さん
  • 情報提供*無花果のワイン煮的ななにか* あちこち神社七森さんのプロフィール
  • 11月も半ばになりましたが、わが家の無花果の木はまだ秋果をつけます。ですけれど、日照や気温から成熟具合が微妙なかんじですので、無花果の赤ワイン煮にしてみました(o´ω`o)『無花果のワイン煮』・無花果(小) 12個・赤ワイン  500ml・砂糖 大さじ4・レモン汁 大さじ1①無花果の表面をよく水洗いし皮はそのままでヘタの部分を切り落とし、底に焦げ付き防止用のクッキングシートを敷いた鍋の中に並べ、赤ワイン・砂糖をすべ
81位 ちょろさん
  • 情報提供高野山 金剛峯寺 ゚。.:*red seal:・'゚ちょろさんのプロフィール
  • 高野山も伊勢神宮同様一眼レフの写真データーが飛んでしまったためスマホにある少ない写真を投稿します>< 前日に神社の聖地伊勢神宮に今回はお寺の聖地高野山にやってまいりましたこの日は天気もよくぽかぽか陽気上着がいらないくらい暖かい一日でしたが高野山は紅葉まっさかり!いろいろなTV局が撮影にも訪れていましたそんな中前から大きい人たちがきたなーって思っていたらIVAN(タレントの)やスラムダンク(芸人)などが続
82位 芳瑩さん
  • 情報提供近江の物部氏 神旅 仏旅 むすび旅芳瑩さんのプロフィール
  • ブログ?謎の物部氏の伝承地を訪れる。近江には上古から物部氏の一族諸氏や同族が繁衍した。【饒速日の大和東遷に随行した三十二人の従者】の中に、天御陰命:凡河内直等祖 (御上神社、三上神社)とあり、宝賀寿男氏によると天御陰命とは実態が天目一箇命でその別名であり、三上祝・凡河内国造・山代国造や額田部連の祖であるとともに物部氏にあっても同じく祖神であったと述べている。近江の物部氏を少しまとめてみました。物部
83位 borderlineさん
  • 情報提供【京都】芸能神社の玉垣で芸能人の名前探し♪「車折神社」の御朱印 御朱印ランナーの聖地巡礼〜街・山ときどきスイーツ〜borderlineさんのプロフィール
  • 平成29年11月4日京都市右京区の「車折神社」へ。「車折神社」は、文治5年(1189年)平安後期の儒学者・清原頼業公が逝去された際、清原家の領地であった現在の社地に廟が設けられたのが始まりとされます。また、生前に桜を愛でられた頼業公の廟には、「桜の宮」と呼ばれるほど多くの桜が植えられ、後嵯峨天皇が嵐山を御遊幸の際、この社前で牛車の轅が折れたため、車折神社と称したそう。「大鳥居」「社号柱」「水神社」昔、大堰川
84位 たっつんさん
  • 情報提供住吉神社(久喜市六万部) 杜を訪ねて 第二章たっつんさんのプロフィール
  • 8月13日、22社目。本日のご紹介は住吉神社です。扁額です。手水鉢です。拝殿です。本殿です。末社の稲荷社です。末社の天神社です。力石です。本日も皆様にとっていい1日となりますように。そして、また明日も。
85位 戦国伝道師PJさん
  • 情報提供現代大阪城再現@アーマーモデリング誌 戦国情景戦国伝道師PJさんのプロフィール
  • 誠にもって、戦車模型専門誌なのでござるが。。。。今月のアーマーモデリング誌戦国ダィオラマ絵巻は、『現代大阪城』にて。。。今を時めく城郭模型作家島充氏の奥方の作品だとか。。。1/2500縮尺スケールの大阪城郭全景とな。。。そのような模型が販売されていたのか???グーグルマップから、大阪城周辺の土台を作り、海洋堂ガチャポン天守閣 + GIOCRAPER製都市ビルユニットを加えたジオラマ作品見事にまでも、現代大阪
86位 人類の起源さん
87位 市郎右衛門さん
  • 情報提供「石田三成」挙兵、伏見城を落として『大垣城』へ進軍す。 「高天原の縁側日記」市郎右衛門さんのプロフィール
  • 今日は、関ヶ原の戦い前夜の「石田三成」と「徳川家康」双方の動きを説明しながら、西軍の拠点となった『大垣城』をご紹介します。ドキドキしますよね〜じわりじわりと近づいてくる感じがしますね。「大垣城」は、岐阜県大垣市郭町にあった平城です。麋城(びじょう)または巨鹿城(きょろくじょう)とも呼ばれます。現在の「大垣城」はけして大きなものではありませんが、水郷の町大垣というように、本丸と二ノ丸のまわりを河川を
88位 noisetoさん
  • 情報提供葛城市歴史博物館で、竹内街道と古代豪族葛城氏の栄華をしのぶ NOISEnoisetoさんのプロフィール
  • 竹内街道の入り口に栄えた古都、葛城古代から人や物が往来したという竹内街道を、大阪方面から奈良県側に抜けてみました。葛城市、當麻町に行き着いて、葛城市歴史博物館に寄ります。古代にこのあたりに栄えた葛城氏の名が残る地域です。一番有名なのは葛城襲津彦(かつらぎそつひこ)といって、5世紀頃の首長で、娘の磐之姫(いわのひめ)が仁徳天皇の皇后になっています。仁徳天皇は日本最大の古墳、仁徳陵古墳を御陵とする天
89位 OH江戸ライフ♪さん
  • 情報提供うわーっ、なぞが解けないもん(門) OH江戸ライフ♪OH江戸ライフ♪さんのプロフィール
  • てなことで、一昨日狂喜乱舞した江戸始図および吹上御庭図ですが、例の『植木御門』『獅子口御門』という聞きなれない門名に、丸一日懊悩するハメになったのでございます っっきしょー! 始図なんか見に行くんじゃなかったー! ――と後悔してもあとの祭り。気になってほかのものが手につきましぇん ま、とりあえず、いつものようにネットでちゃちゃっと検索。ほうほう、こんな地図が出てきたぞ〜 (小平市立図書館HPさまよ
90位 古代日本の歴史を謎解きさん
  • 情報提供大伴氏、物部氏は弥生人 古代日本の歴史を謎解き古代日本の歴史を謎解きさんのプロフィール
  • 前投稿の続きです。氏姓制度で代表的な氏族のDNAは? から読んでみて下さい。その前に、当時の歴史の流れを簡単に1、弥生時代  秦の始皇帝、漢の時代に大陸から漢族が日本に移住して弥生文化が普及します。  最初は、九州北部の玄界灘湾岸の国です。魏志倭人伝に紹介される奴国(漢委奴国王金印)伊都国(一大卒がいた)  国々が大陸と交易を続ける一方  大陸人は、山陰地方へ、瀬戸内海湾岸の国々へ  近畿地方の淡路
91位 クーラーさん
  • 情報提供発掘調査報告書GIS学習 印西船穂郷の謎(1/11) 花見川流域を歩くクーラーさんのプロフィール
  • 「奈良・平安期に開発した印西の船穂郷(戸神・船尾)の謎 〜大結馬牧の姿が見えてきた〜」という表題で次の順番で話をします。1 発掘調査報告書GIS学習の概略2 7〜10世紀下総国の出来事3 戸神・船尾開発集落の生業4 鳴神山遺跡直線道路5 鳴神山遺跡が典型古代牧遺跡であること6 「鳴神山遺跡=大結馬牧」仮説7 古代開発集落が滅びた理由1 発掘調査報告書GIS学習の概略鳴神山遺跡を例にするとこのような発掘調査報告書を
92位 グレート・なごやんさん
  • 情報提供加藤嘉明(松山城) 武将銅像天国グレート・なごやんさんのプロフィール
  • 坊ちゃん、みかん、道後温泉&一六タルト国の首都・松山城にある武将騎馬像です。松山城へ行く麓のリフト乗り場から東雲神社の参道口の間にあります。 加藤嘉明(松山城) まさにブロンズカラーが映えピカピカです。 加藤嘉明さん、愛知県民のワタクシにとって、地元出身の方が、銅像にまでなるほど偉くなっていると思うと嬉しい限りですが、正直、イマイチ印象がないです。賤ヶ岳七本槍の一人とか、藤堂高虎さんとのライバル関係
93位 およまるさん
  • 情報提供由比ガ浜の戦い【治承・寿永の乱 vol.32】 つはものどもが夢のあとおよまるさんのプロフィール
  • 治承・寿永の乱第32弾ですこれまでのお話はこちらからどうぞ 大庭に味方する畠山重忠(はたけやま-しげただ)は、頼朝に味方した三浦勢を追って由比ガ浜(ゆい-が-はま)あたりで追いつきましたが、畠山と三浦は親戚同士ということもあって、三浦の将・和田義盛(わだ-よしもり)と話し合い、戦はしないということで合意したはずでした。 ところが、ここで思わぬ事態が起ってしまいます。 別働として鎌倉の杉本(椙本)あたり
94位 列伝さん
  • 情報提供●嶺松院(義信室)、早河殿(氏真室)は…そして三条の方(信玄室)は きょうのもののふフォト列伝列伝さんのプロフィール
  • 武田義信の正室となった嶺松院(幼名生年不明)は、1552年に駿河今川家から甲府に輿入れしてきた。その婚礼行列はでやかなものだったという。嶺松院の母・定恵院は信玄の姉、よって義信と嶺松院はいとこ同士であった。 信玄は躑躅ケ崎館に二人の住む西曲輪と新居を新設してこれを迎えた。▼武田館の東曲輪(左)と西曲輪を分ける中堀ところが8年後、嶺松院の父・今川義元が桶狭間に倒れると情勢は激変。信玄の駿河侵攻の野望に火がつ
95位 ヒジハラさん
  • 情報提供覚え書 Para Bellumヒジハラさんのプロフィール
  • 軍歴証明書に取り掛かる前にブログで書きたかったことがいくつかあったのです。このままだと忘れてしまいそうなのでメモ。・財部彪と山本五十六の話@ロンドン海軍軍縮会議・中野直枝の話夏前にロンドン海軍軍縮会議に随行した新聞記者の話を読む機会がありまして。一言で書けば56がうわあ…という感じ。まあ、分かっていたけどさ(2・3年前にこのブログでも触れました)。政治家、海軍どちらにも属さない第三者の目から見た日
96位 日没さん
  • 情報提供大龍寺 ドウダンツツジの紅葉 尾張名所図会を巡る日没さんのプロフィール
  •  今年の春にも訪れた大龍寺。境内には驚くほどの数のドウダンツツジが植えてある。春の花の時期も美しいが、紅葉も美しい。若干、見頃を過ぎたところもあったが、まだまだ楽しめそうだった。大龍寺(2017年11月15日)晴れのち曇り    撮影位置
97位 緑木さん
  • 情報提供京都国立博物館『国宝展』 歴史と文化と和の心♪緑木さんのプロフィール
  • こんばんは‼・・・先月は大政奉還150年に伴うイベント目白押しで、休みのたびに駆け回っていたため、10月の日付でこっそりレポをUPさせていただいております←おかげですっかり国宝展が後回しになってしまいましたが、会期が終盤に近付いているにもかかわらず物凄い行列でした(笑)京都国立博物館の開館時間は9:30。30分前の9:00に到着してこの行列。 数年前の阿修羅(展)を超える修羅場でしたぞ・・・←・・・それでも何とかチ
98位 しべ桜の興味津々さん
  • 情報提供鞠智城をご存知なら、かなりの日本史通です しべ桜の興味津々しべ桜の興味津々さんのプロフィール
  • 国史跡、鞠智城は熊本県山鹿市菊鹿町米原にあります。 何と言ってもこの復元された八角形の建物が往時を偲ばせてくれて います。 この建物は4棟の跡地が見つかっています。南北2棟が一対となり、 さらに時を超えて同じ場所にもう一対建てられたようですね。 さて復元した建物を紹介しましたが、ここは本当にお城なの? そうです、ここは古代山城の跡地なのです。 あの八角形建物は古代山城では国内では唯一と言われていま
99位 偉人録さん
  • 情報提供十勝稲作発祥地に碑 祖父の功績顕彰 音更(十勝毎日新聞・2017/10/27) 偉人録 郷土の偉人を学ぶ 偉人の志を引き継ごう!偉人録さんのプロフィール
  • 十勝稲作発祥地に碑 祖父の功績顕彰 音更(十勝毎日新聞・2017/10/27)明治期に町下士幌地区に水稲を作付けし、十勝で初めて稲作に成功した増田立吉(1865〜1908年)の功績をたたえる顕彰碑が、立吉の孫春雄さん(88)によって、十勝水田の発祥地である町下士幌基線東61の畑地脇に建立された。25日、増田家の関係者が集まる中、お披露目された。音更町史などによると、福井県出身の立吉は1889(明治22)年、
100位 芳瑩さん
  • 情報提供「上丹生薬師堂」〜息長氏の一族「息長丹生真人」 神旅 仏旅 むすび旅芳瑩さんのプロフィール
  • ブログ?観音の里めぐり2017「薬師如来」上丹生薬師堂伊香郡余呉町大字上丹生2247番地源昌寺飛地上丹生薬師堂 お前立・薬師如来坐像薬師堂は、棟札や、奉加帳の版木などから、宝永5年(1708)に建築された重要文化財 木造薬師如来立像 鎌倉時代のもので50年に一度のご開帳です。お前立ちの薬師如来坐像は、平安時代後期という。こちらの方が古いのにね聖観音菩薩坐像 平安末期から鎌倉初期格子戸につけられたものは目耳鼻口の病封
更新時刻:17/11/20 03:30現在