歴女・女性歴史ファン 注目記事ランキング

  • 更新時刻:17/10/22 14:30現在
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1位
しずかさん
  • 情報提供鴨江寺(2)徳川家康が再建した観音堂 大河ドラマに恋してしずかさんのプロフィール
  • 鴨江寺の中門から観音堂へと進んでいきます。中門鐘撞堂12月31日の大晦日には除夜の鐘を撞く人々で賑わいます。拝殿聖徳太子が祀られる観音堂鴨江寺の観音堂は豊臣秀吉の時代に火災で焼失しましたが、そのときのお堂の規模は七間四方であったと記録に残っています。江戸時代に入り、元和二年、徳川家康によって観音堂が再建されました。その堂内に安置されていた宮殿が弁天堂の宮殿として現在も残っています。その後、空襲で焼失し

2位
hinaさん
  • 情報提供白水城(静岡県) 北条伊豆水軍めぐり わたしの城めぐりhinaさんのプロフィール
  • 伊豆半島の最南端、石廊崎。荒々しい断崖と透明度の高い海が人気のスポットです。石廊埼灯台石室神社立ってるだけで精一杯のわたし・・・もうほんと無理(伊豆ネット より)石廊崎の東側、川のように伸びた長津呂湾を挟んだ鍋浦山に白水城があります。城址は城山コースとして散策できるようになってます。(撮れなかったのでwikiから画像拝借)石廊崎から見た長津呂湾と鍋浦山。ほとんどの水軍城の入り江は現在は埋め立てられて狭

3位
しずかさん
  • 情報提供今川氏親ゆかりの吐月峰 柴屋寺 大河ドラマに恋してしずかさんのプロフィール
  • 静岡市駿河区丸子にある「吐月峰 柴屋寺」は、室町時代の永正元年(1504年)島田出身の連歌師・宗長が結んだ草庵に始まり、今川氏親が寺に改めたものと伝えられています。また、観月の名所としても知られ、京都から移植したという竹林の中に書院、茶室があります。京都銀閣寺を模した庭園は東山、天柱山、丸子富士を借景としたもので国の名勝・史跡に指定されています。江戸時代には江戸幕府から朱印状を与えられていました。寺宝
4位 アユさん
5位 アユさん
6位 しずかさん
  • 情報提供源頼朝ゆかりの油山寺(4)源頼朝寄進の三重塔 源平・義経ゆかりの史跡めぐり しずかblogしずかさんのプロフィール
  • 油山寺の三重塔は建久元年(1190年)源頼朝が眼病全快のお礼に建立されたものであり、その後、遠江国守護職工藤祐経が薬師堂と共に普請奉行をした塔です。 内陣には、弘法大師作と伝えられる大日如来を安置し、塔の高さはおよそ23メートル、上層は唐様と天竺様を用い、中下層は和様式、三手先組一式、上層は2.3メートル四桃山期の姿を今に伝え、桃山の三名塔の一つに数えられています。方、中層は2.8メートル四方、下層は3.6メート
7位 しずかさん
  • 情報提供妙心寺の塔頭寺院(6)寿聖院 日々史跡めぐりしずかさんのプロフィール
  • 寿聖院は、慶長4年(1599)関ケ原合戦の前年に、石田三成が父・正継の菩提所として、妙心寺六十二世伯蒲慧稜(はくほえりょう)禅師を開祖として創建されました。当初は現在の四倍以上の面積に本堂・客殿・庫裏・書院が並んでいましたが、関ケ原敗戦後、縮小を余儀なくされ、慶長16年、二世雲屋(うんおく)は再興の許可を受けて、書院を残して本堂としました。当院三世の済院(さいいん)は、三成の嫡子・重家で、関ケ原戦後、大
8位 しずかさん
  • 情報提供直虎を支える中野直之 大河ドラマに恋してしずかさんのプロフィール
  • 直虎を支える中野直之は、井伊氏の分家筋にあたる中野家に生まれました。父の中野直由は井伊直盛から絶大なる信頼を得ており、井伊氏の名代を任されるほど有力者でした。しかし、直由は、今川家に対する謀反を鎮圧するための曳馬城攻めで戦死。その後を継いだ直之は、南渓和尚との画策により、井伊直政が徳川家康に謁見する際、祐椿尼(直盛の妻、直虎の母)の命で直政に随行して共に浜松城へと向かったと伝えられています。直之は
9位 しずかさん
  • 情報提供鴨江寺(1)井伊家の支城であった鴨江城 大河ドラマに恋してしずかさんのプロフィール
  • 浜松駅から西へ約1.2kmほどのところに、遠州高野山 鴨江寺があります。地元では、鴨江観音という愛称で親しまれ、お彼岸には多くの参拝客で賑わいます。鴨江寺は、奈良時代に遠州地方の民話で知られる芋堀長者が観音堂を建てたいと行基菩薩に依頼し創建されたといわれ、今でも鴨江町一帯は、地元の人たちから長者平(ちょうじゃびら)と呼ばれています。そして、鴨江寺の大伽藍を利用して建てられた鴨江城がありました。鴨江城は、
更新時刻:17/10/22 14:30現在