在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
聖地をめぐる旅(長野県)
信濃高遠城を歩く。 その1 <三ノ丸・二ノ丸・本丸>
武田信玄の菩提寺・恵林寺(山梨県甲州市)
青梅街道宿場巡り⑩:大菩薩峠の向こうの塩山宿
【戦国武将診断】あなたに似ている戦国武将は誰?
甲府に行ってきました(前編):武田氏居城跡にある武田神社
大型連休の旅7・武田神社3-境内を巡り歩いて大満足の参拝でした-
■「小諸城址『懐古園』」千曲川と深い谷に囲まれた天然の要塞(長野県小諸市)
大型連休の旅6・武田神社2-神社の境内は見どころが一杯です-
大型連休の旅5・武田神社1-武田信玄を祀る神社を久しぶりに参拝です-
三分一湧水(さんぶいちゆうすい)武田信玄が三つの村に水を公平に分配した 山梨
秘湯中の秘湯。
奈良和歌山の旅ラン③ 高野山の奥之院参道で戦国武将の墓碑を参るランというかほぼウォーク
策を練らずして戦う者は、己を滅ぼす
一歩退くことは、二歩進むための準備である
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
評価:55点/作者:奥富敬之/ジャンル:歴史/出版:1997年 『天皇家と源氏~臣籍降下の皇族たち』は、嵯峨天皇による、四皇子、四皇女に始まる、臣籍降下の…
約5万年前に発達したというクロマニョン人は白人の起源。アジア人や黒人はそこから退化したすがただって、失礼な話だ アジア人の起源は20万年前にいたとされるネアンデルタール人 だから、日本にいた人が3万年前に栗を植林していても、7千年前に青銅器や角材を作っていても不思議はない。西洋とは進化の歴史が違う
欧州侵食の要だったイタリアが、3年前とはもう違う? イタリア警察が調査を始めた軍用ドローンメーカー買収した香港企業、資本関係が複雑に仕組まれて本当のオーナーカモフラージュしているとのこと
この歴史が語られないのは、なぜ? 1019年、壱岐島が3000人の高麗の軍団に襲われた 整然と隊列を組んで上陸し、民家を襲って牛馬や犬を食らった 女子供を船に拉致して、弄んで、殺して食らった そのほかは皆殺し。壱岐の島の生存者わずか35名 拉致され帰らなかった人は1000人以上 太宰府まで押し寄せた賊軍は退治されたが、捕虜がいうには自分たちは「刀威」という盗賊軍だという 高麗とは別と言い張るも、太宰府まで攻めようとした意図からも、装備や統率の様子からも、賊徒の略奪とは違うことは明らか 九州への侵略行為だった 当時の日本人は隣国と波風立てぬために高麗への復讐はしなかったが、高麗も日本人の強さを確…
渋沢平九郎は、渋沢成一郎、兄の尾高惇忠と逸れて、飯能と越生の境にある、顔振峠に辿り着いた。 峠の茶屋の女主人は、即座に、平九郎が、旧幕府軍の隊士であると見抜…
元々は中国・儒教が生んだ概念である「士農工商」は、日本では江戸時代の身分序列を表わしたとされています。また学校の授業では、この「士農工商」は「四民」を偉い順に並べた序列だと教える向きもあるようです。しかし、これはどうやら間違いだと言ってもいいのでしょう。
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
評価:80点/作者:安田元久/ジャンル:歴史/出版:2000年 『逆説の日本史 5 ~中世動乱編』は、1992年から、小学館の『週刊ポスト』において、連載…
先日アニーから届いたメールには、こんな文章が! 勿論、わらさとの部分は本名ですが。 You could tell わらさとto call my brother in Japan. この文章の下に電話番号も書いてありまして、しばらく茫然としてしまいました。 その後、何度も何度も読んでみましたが、この英文は私に日本にいる兄弟に電話をするようにと言っている… 前回書いた日本にいたハトコに電話をすることになった経緯はこういうことでした。 どういうことー? 日本に住んでいるそのハトコには、私から電話が来ることは伝えてくれてるんだよね? そうだよね、いきなり知らない人から電話なんか来たら怖いもんね。 うん…
渋沢喜作は、徳川慶喜の恩顧に報いるため、最後まで、徳川家を守ろうと彰義隊頭取に就任した。最早、喜作の心は、完全に「幕臣」であった。 栄一の見立て養子、平九郎…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
幕末期にあたる1864年のこと、備中国(現:岡山県)井原領主・池田長発(ながおき/当時28歳/1837-1879年)をリーダーとした34名からなる「遣欧使節団」が日本を離れ、遠くフランスへ渡航した史実があります。 この時の「使節団」は上海やインドなどを経由した航路でスエズ
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
パソコンがなんとか動きました前回、続きです~ 商店街へは買い物に寄ったので、あまりゆっくりは見れてないけど、利用した事があり、現在の姿を知る駅は、興味深かった…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
10月5日は、南北朝が統一された日です。 後醍醐天皇による建武の中興以後、南朝と北朝の2つに分裂していた皇統が、 室町時代の1392年10月5日に統一されます。 (南北統一までの流れ) 南北統一までの歴史を見て見ます。 足利尊氏が室町幕府を作り、吉野に逃れた後醍醐天皇が吉野に南朝を作ります。 【足利尊氏征夷大将軍就任について書いたブログはココ】 【後醍醐天皇の吉野南朝の宮跡について書いたブログはココ】 【南朝の皇居について書いたブログはココ】 【南朝の朝廷が置かれた金峯山寺】 【後醍醐天皇崩御について書いたブログはココ】 【後醍醐天皇陵について書いたブログはココ】 南北に分かれた後も、足利尊氏…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
日本が明治維新を迎え近代国家へと進んでいた1872年(明治5年)10月4日、群馬県の 南西部のまち富岡市に日本初の本格的な製糸工場である富岡製糸場が作られました。 これは、官営模範工場で工場の敷地は55,391.42㎡という広さを誇りました。 (外貨獲得の大きな力・生糸) 幕末に開国した日本は、1858年、アメリカとの間に日米修好通商条約を結び米国との 貿易が始まります。さらにロシア、イギリス、フランスとも貿易を行うようになります。 外国との本格的な貿易が始まると日本からは生糸やお茶が輸出され、外国からは毛織物、綿織物、武器などが輸入されました。 特に生糸は、明治政府が外貨獲得のエースとして力…
評価:75点/作者:坂井孝一/ジャンル:歴史/出版:2018年 『承久の乱~真の「武者の世」を告げる大乱』は、鎌倉幕府の三代将軍、源実朝の死後、後鳥羽上皇…
うぎゃあああ、やられたあああ おっさんは和歌山城で 忍者に斬られました! 和歌山城(わかやまじょう)は、和歌山県和歌山市一番丁という和歌山市街地の ど真ん中にあるお城です。 江戸時代は徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城で、八代将軍徳川吉宗も住んでいました。 (始まりは豊臣秀長) 和歌山城は、安土桃山時代の1585年(天正13年)に豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。 1600年には浅野幸長が和歌山城主になり城の拡張及び改修を行います。 その後、1615年に徳川家康の第十男頼宣が入城し明治維新まで250年間、徳川御三家の居城となりました。 1901年(明治34年)には、和歌山公園と…
1964年(昭和39年)10月1日、 東京五輪が開幕する10日前に 東海道新幹線が東京ー新大阪間で開通しました。 東京ー新大阪間の新幹線は3,800億円の巨費と5年の歳月をかけた大工事でした。 開通当初の約1年間は、ひかりが4時間で東京ー新大阪を結んでいました。2021年(令和3年)10月1日現在は、のぞみが最速2時間22分で結んでいます。 新幹線!快適ですねええ! いいですねえ。毎月のように乗っています!! (新幹線の定義) 新幹線は、区間の大部分で200 km/hを超える速度で運行するものです。 2021年(令和3年)10月現在、東北・秋田新幹線の「はやぶさ」「こまち」が、宇都宮~盛岡間で…
安房の戦国大名、関東無双ノ大将里見義堯の居城、久留里城で初の御城印
青森市 横内城の歴史と史跡をご紹介!🏯
佐野市の城山公園
土手道を渡ってお城へ
四国初上陸6 現存12天守の一つ 「伊予松山城」 ~大天守・小天守内~
雨の佐土原城攻城記。 その1 <二ノ丸~中の道登山口>
雨の佐土原城攻城記。 その2 <中の道登山口~登山道>
雨の佐土原城攻城記。 その3 <切通道~本丸>
紅葉が美しい摂津池田城逍遥
福井旅行 最後は福井城址と焼き鯖寿し
訪城記 ~諏訪原城~ 【2024.10.26】
久々に熊本城一周
直前に決めた姫路一泊旅行《後編》
訪城記 ~久保田城~ 【2024.9.15】
丸亀城@香川県
広島城に行ったときに、銅像を発見!! 誰かなと思い近づくと、、その人は「池田勇人」!! この方、名前は聞いたことがありますが実はよく知りません。 ・・・で、調べてみると、広島県竹原市出身の大蔵官僚第58・59・60代 内閣総理大臣を務め、「所得倍増計画」を推進し、戦後復興から 高度成長期にかけての日本経済を牽引しました。 また、サンフランシスコ講和会議の全権委員もつとめています。 (所得倍増計画) 1960年(昭和35年)7月、安保改訂後辞職した岸信介の後を継ぎ池田勇人内閣が発足します。そして,12月に国民所得倍増計画を決定します。 「寛容と忍耐」のキャッチフレーズを掲げ、経済成長政策をとり1…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
お彼岸の頃、用の帰りに等持院へ。由緒~室町時代の武家、足利家の菩提寺。足利家の祖である足利尊氏により、二条高倉の東南に等持寺の別院として、1341年に建立。夢…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
渋沢喜作は、栄一が、ヨーロッパに赴く前に、既に、主君である、徳川慶喜に徹底的に奉公し、幕臣として、武士らしく、生きることを決めていた。 最早、倒幕派の尊王攘…
毎年8月になると様々なところで、戦争を考える機会が増えます。 今年の夏は戸籍沼にハマったせいで、今までとは違う視点から戦争のことを考えられました。今までは、第二次世界大戦のことが書いてある本などを読んでも、自分に関係あることとしてイメージできなかったんです。一般市民の祖父母が戦争を体験したということは理解できるんです。 でも、それ以上はリアルにイメージできない。 それは自分の親戚に戦死した人や、出征した人がいると聞いたことがなかったから。 空襲で亡くなった人がいるということも、聞いたことがありません。 だから戦争に行った人もいないんだと思っていました。そういう訳で戸籍沼の人達がTwitterで…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
日本神話に登場する英雄の一人として日本武尊(ヤマトタケル)の名が挙げられてもそれほど不自然ではありません。なにせあちこちへ出かけ、その各地を平定したという実績があるのですから十分な資格を備えています。しかし、一面では何やら不透明感が漂うプロフィールを備え
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。