在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
御笠間薬(おんかさまやく) 家康が出陣にあたり、暑気あたりや霍乱よけに藿香や益智、乾姜を配合した薬を笠の裏に隠して用いていました。また寛中散、銀粒丹、真効油、万病丹など自分で調整し配下の諸侯に分け与えていました。江戸時代は医学が発達しました大変医学については熱心で李時珍の《本草綱目》を取り寄せていますし、名医片山興安、吉田宗恂を招いて《千金方》の講義を受けています。寛永16年(1639)、春日局が日光に奉納した「東照大権現祝詞」に医者もさじを投げた三歳の家光の病気を家康の薬でたちどころに本復したとあります。晩年は各種の薬草、薬木の栽培を行わせていますがこれが「駿府御薬園」(静岡県 葵区安東)で…
なんとなく不思議な気もしますが、「地名を変える」という作業は、日本ではその昔からあまり行なわれてこなかったようです。その背景には宗教的または文化的なある種のタブー意識があったのかもしれませんが、戦国の時代になると、ちょっと雰囲気も変わって、織田信長による
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。