在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
弘前市 弘前市仲町重要伝統的建造物群保存地区をご紹介!🏯
二つの「はにわ」展
吉備の石棚〈いしだな〉
【東日本】今週のお題「行きたい場所」【旅行】
【新潟市中央区】燕喜館【白山公園内の和風建築】
【松山市】松山城【坂の上の雲のOP】
化粧地蔵でほのぼの (その48 鉾立郵便局近くの化粧地蔵 1)
次なる“日本のサグラダ・ファミリア”品川駅前の日本庭園で、春の訪れを告げる河津桜
福岡市博物館完全ガイド:見逃せないおすすめ観光スポットと魅力を徹底解説!
【中野区】山﨑家茶室・庭園【中野区立歴史民俗資料館】
【小金井市】高橋是清邸 (江戸東京たてもの園) 【二・二六事件】
【桜川市】旧真壁郵便局(町並み案内所まちづくり真壁本部)【重伝建地区】
【新発見】 高見彰七作品リンク集2 No.34 蛇ヶ谷龍神
笠䅣稲荷神社/神奈川県横浜市
京都の隠れた名所・東福寺:魅力とおすすめの見どころを徹底ガイド
御座松塚跡(東京都稲城市)を訪問しました
白山神社(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました
籠口ノ池(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました。
王禅寺(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました②
戒翁寺(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました
江の島燈籠2023(神奈川県藤沢市)を訪問しました
新橋駅SL広場(東京都港区)を訪問しました
新宿諏訪神社(東京都新宿区)を訪問しました
玄国寺(東京都新宿区)を訪問しました
大林寺(長野県長野市松代町)を訪問しました
宗忠寺(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
長王寺(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
福聚院(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
池辺杉山神社(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
観音寺阿弥陀堂(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
日本でチャイナタウンといえば、日本三大中華街と言われる、横浜の中華街・神戸の南京町・長崎の長崎新地中華街を思い浮かべると思いますが(下の写真は横浜中華街春節時の風景)、 かつて神田神保町は、ピーク時には約1万人の清国・中国留学生が暮らす大きなチャイナタウンでした。現在の横浜中華街の中国人人口は約6000人ですので(Wikipediaによる)、当時の神田神保町チャイナタウンがいかに大きかったかが分かりま...
大川内鍋島窯跡にある日峯社下(にっぽうしゃした)窯跡で、江戸時代に将軍家などに贈った鍋島焼の初期の陶片約80点が発見された。 これまでの研究では知られていない文様も見つかり、24日午前10時から現地説明会があるという。[佐賀新聞]...
神辺町の御領遺跡近くで全長約50mの前方後円墳のような地形が発見された。 戦前まで神社があったとされ、確認されれば市内6つ目の前方後円墳になるという。[山陽新聞]...
千田北遺跡で鎌倉時代(13世紀頃)のものとみられる金箔を貼った梵字が残る木製笠塔婆が発見された。 鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』に、平安時代末の金箔付き笠塔婆の記述があり、当時の様子を裏付ける貴重な資料となるという。[毎日新聞]...
若杉山遺跡で弥生時代後期(3世紀)に赤色顔料(水銀朱)の原料となる鉱石・辰砂(しんしゃ)を採掘した坑道跡が発見された。 これまで最古とされてきた長登(ながのぼり)銅山跡(山口県美祢市)の坑道(8世紀)を約500年さかのぼり、国内最古の坑道という。[読売新聞]...
弥生時代の山間地集落遺跡「舟木遺跡」で、鉄器工房の可能性がある建物跡が発見された。 同遺跡は弥生時代後期~末期(1世紀~3世紀初頭)に存在したとみられ、過去には中国鏡片や鉄器生産工房を含む大型建物跡4棟も見つかっているという。[神戸新聞]...
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。