在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
認知症による要介護3のコミュニケーション
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百参拾参
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百参拾弐
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百参拾壱
第4章 平成初期 10 排除の差別 徳川家康
第4章 平成初期 10 排除の差別 徳川家康
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百参拾
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾九
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾八
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾七
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾六
日本最大の藩校「弘道館」
おい、水戸城!
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾五
No.005【万世一系を実現した、藤原氏の内紛】百弐拾四
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
群馬県の北部、利根郡川場村にある古刹、吉祥寺。 境内も広いですが山門も立派です。 臨済宗建長寺派としては最北端にある寺院だそうで(ということは東北地方や北海…
1535年頃に円覚寺第150世・叔悦禅懌(しゅくえつぜんえき)の塔所として建てられ、今は春から初夏、秋から初冬のみ一般公開をしているそうです。 ここ松嶺院にも多くの牡丹があるそうですが、訪問が6月でしたので間に合いませんでしたが、いろいろなアジサイの花を見ることが出来ました。 画像はフォトムービーでもお楽しみください・・・・ 神奈川県鎌倉市山ノ内JR横須賀線、北鎌倉駅
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
しまなみ海道の旅、後編。 これまでの旅路は以下にて公開! puddinblog.hatenablog.com puddinblog.hatenablog.com 【5日目】最後の島、大島!渦潮体験 6つ目の島に上陸! チャリ最終日の今日は移動距離が長いことがわかっていたので、8:00前には出発! 伯方島をあとに、しまなみ海道最後の島である「大島」に上陸。いろいろ見どころがあるようだったが、チャリ返却のことも考え、ひたすら爆走。 9:00ころには、今治へ渡る来島海峡大橋まで来てしまった。 道の駅を散策しつつ、発見したのが「渦潮観光船」!9:30の便は渦潮が見られるからおすすめ、とおばちゃんが言っ…
今の行政区分では逗子市にありますが、鎌倉の歴史を語る上で欠かせない存在、今から1300年もの昔(721年)に創建され、現在は曹洞宗ですが最初は真言宗のお寺で990年花山法皇がこの地を訪れて法要を営み、1174年には後白河法皇が参詣されこの霊場を坂東三十三箇所霊場の第2番に定めました。 階段を登りきると、いよいよ観音堂が現れます。現在の堂は1727年に再建され、中世以来の伝統的な密教本堂形式をとりつつ、細部の構造は18世紀前半の特徴をよく反映しています。 源頼朝、実朝、政子が度々訪れたことが『吾妻鏡』にも記され、頼朝の時代には岩殿寺の山頂付近から二階堂方面へと繋がる巡礼の古道があり、734年創建の古刹、坂東三十三箇所霊場第1番の杉本寺に参拝し、古道を通ってここ岩殿寺に参詣していたそうです。 明治時代には文豪、泉鏡花が逗子滞在中に幾度も訪れ『春昼』『春昼後刻』は岩..
群馬県利根郡川場村にある臨済宗建長寺派の吉祥寺はいつの創建なのか? 「東国花の寺百ケ寺」のガイドブック『東国花の寺百ケ寺ガイド』(朱鷺書房)や、吉祥寺の縁起…
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。