在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
御座松塚跡(東京都稲城市)を訪問しました
白山神社(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました
籠口ノ池(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました。
王禅寺(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました②
戒翁寺(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました
江の島燈籠2023(神奈川県藤沢市)を訪問しました
新橋駅SL広場(東京都港区)を訪問しました
新宿諏訪神社(東京都新宿区)を訪問しました
玄国寺(東京都新宿区)を訪問しました
大林寺(長野県長野市松代町)を訪問しました
宗忠寺(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
長王寺(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
福聚院(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
池辺杉山神社(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
観音寺阿弥陀堂(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました
前回の「麻布十番で歴史に思いを馳せる」では、日産のカルロス・ゴーンが住んでいた高級マンション・元麻布ヒルズ付近を散策し、「がま池伝説」になった「がま池」などを見てきました。今回は、「麻布台から麻布十番散策」の最終回として、アメリカ・プロシアの公使館跡などを訪れたいと思います。☆☆☆ ☆☆☆(安藤記念教会会堂)仙台坂方向に行きますが、その途中に、東京都選定歴史記念物に指定されている「安藤記念教会堂」があ...
前回の「麻布十番で薄幸の少女(きみちゃん)を思う」では、麻布十番にある「きみちゃん像」を訪れました。童謡「赤い靴」のモデルとなった少女が実在し、アメリカに渡れぬまま孤児院で亡くなったこと、そしてその事実を少女の母親、「赤い靴」を作詞した野口雨情も知らなかったことをお話しました。今回は、「麻布台から麻布十番散策」の第4弾として、麻布十番界隈の歴史的な場所や最近話題のカルロス・ゴーンが住んでいたマンシ...
前回の「麻布台から麻布十番に下る(散策)」では、江姫ゆかりの「西久保八幡神社」を訪れ、麻布台の大名屋敷跡にある「外務省飯倉公館」や「ロシア大使館」などを見てきました。今回は、「麻布台から麻布十番散策」の第3弾として、麻布台からの坂道を下って、麻布十番を訪れます。麻布十番には、童謡「赤い靴」のモデルとなった少女「きみちゃん」の像がありますので、薄幸の少女「きみちゃん」について書いてみたいと思います。...
前回の「麻布・我善坊谷を散策」では、地下鉄・六本木一丁目駅から我善坊谷(がぜんぼうだに)を散策。我善坊谷にある歴史的な遺構を訪れ、その歴史的な遺構が、森ビルによる六本木ヒルズの再開発でみられたような手法によって喪失してしまう恐れがあることを見てきました。今回は、「麻布台から麻布十番散策」の第2弾として、大名屋敷のあった麻布台地の高台から麻布十番に通じる2つの坂道を使って下ってみたいと思います。☆☆☆ ...
前回の記事で、歴史学者・徳重浅吉が、明治政府は「御一新の名によって嵐の如く旧物を破壊し尽くしたかの観さえある」と書いていることを紹介した。『文明開化』の時代に、政府は日本土着の習俗や信仰などを「悪弊」「旧習」と呼び、彼らが無用無益と判断したものはどんどん破壊していったというのだが、同様なことを書いている本はいくらでも見つけることが出来る。例えば、歴史学者・斎藤隆三の著書にはこう記されている。「明治...
【丁髷(ちょんまげ)を嘲笑した外国人】かつて日本男児にとって丁髷はかけがえのないものであったと思うのだが、外国人にとっては非常に滑稽なものとして目に映ったようである。前回記事で紹介した石井研堂著『明治事物起源』に、旧幕臣であった澤太郎左衛門のオランダ留学体験談が紹介されている。「文久二年九月、開陽丸の注文と留学のために、榎本釜次郎、澤太郎左衛門、内田恒次郎等、オランダ国に渡る。当時、頭様も野郎あたま...
前回の記事で、戊辰戦争が一段落したあと大倉喜八郎が、これからはわが国で洋服の需要が急速に高まることを予見してイギリスの羅紗工場を私費で視察したことを書いたが、喜八郎が予見した通りにわが国に西洋の衣料品が急速に広まっていった。【急激な洋装の普及】それまでの日本人は、髪を結い和服を着て下駄や草履を履くのが当たり前であったのだが、それが急激に洋装に変化したのが明治の初期である。それまでの和装のままでも生...
リタイヤ3年目。損切りしない独自の投資方法を模索中。地形・古道・歴史散歩を通した東京の異なる魅力を探索中。
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。