在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
5月6日~12日 ご予定 驚愕の写真 (加筆あり)
4月29日~5月5日 天皇ご一家ご動静
5月2日 御料牧場で家族ロケ 凄い写真
5月1日 即位5年の天皇を祝うニュースのはずが、、
4月15~21日 天皇皇后ご動静
18日 秋篠宮殿下 能登視察
4月8日~14日 天皇家ご動静・愛子さま雅楽鑑賞、オール学習院
12日 今上御夫妻、能登半島二度目の日帰りお見舞い
12日 三代の明治神宮参拝 ③ 佳子さまご参拝
三代の明治神宮参拝 (番外) 11日 愛子さま仙洞御所へ
三代の明治神宮参拝 ② 10日、愛子さま(ニソニソ笑いで)参拝
1日~7日 天皇ご一家ご動静
愛子さまは10日 佳子さまは12日明治神宮参拝
令和の天皇ご一家の残念な姿を伝える『女性セブン』4月18日号・『週刊女性PRIME』
3月25日~31日 ご動静 本勇号と再会?
瀬戸川の鯉のぼりと川中島半兵衛塔。
熊本県益城町「木山城址」
初めて薬師堂へ(仙台市若林区木ノ下)
倉吉市・国庁裏神社 ツキノワグマ目撃出没情報 [2024.4.29]
荘園領主 vs. 悪党ー権力に抗う木津の英雄たちー
室町幕府6代将軍足利義教の首塚
枝垂れ桜の妙義地神社 #1 参道坂を上る
柏原街道のお地蔵様と廃ホテル坂野坂(愛知県蒲郡市)
【パワースポット?】大森の地蔵池(愛知県名古屋市守山区)
【史跡】高天神城の千人塚(静岡県掛川市)
「水前寺成趣園」の楽しみ方
「古今伝授之間(こきんでんじゅのま)」
★史跡『大宰府政庁跡』の桜を愛でて『とんかつ濱かつ』で春限定の”明太重ねかつ”等頂く~♪★
備中国分尼寺の意外な姿
謎の石積み
壇ノ浦の戦いは激戦を極めている。船上での戦いも難しいな。イルカが現れ、このイルカの動きによって勝敗が変わるという。どちらに味方をするような動きをするか、ということなのだろうか?イルカの動きと風向きが変わって、形勢逆転。源氏が有利になった。あっという間に源氏の勝利になった。平家は滅んでしまったけど、平徳子だけは生き残ったのだね。平徳子、後白河法皇、びわ、みんな穏やかな世の中が好きだったのにね。生き残...
平家一門は壊滅寸前。何とか打開策を考えるが、平重衡は捕らえられ、平維盛も非常に苦しんでいる。京の都では、源義経による治安維持が成功し、穏やかな日々の暮らしが続いている。静御前との出会いもこの時なのね。びわは平資盛、平徳子とともにいる。清和源氏は源範頼、源義経を主力として、平家を追い詰める。いよいよ、壇ノ浦か。平家側もいろいろと源氏からの追討を逃れようとしたけど、打つ手はないようだった。味方がもうい...
木曽義仲や源頼朝に追われて、ひたすら逃げる平家。木曽義仲も京の都で傍若無人なふるまいが過ぎて、源頼朝に討伐される。源範頼、源義経に追い込まれ、平家も追い込まれる。海岸での平敦盛と熊谷直実の一騎打ちのシーンが凄かった。迫力と緊迫感のある剣術での勝負。勝利した熊谷直実も複雑な気持ちだっただろう。びわはお母さんと再会して、平家の行く末と祈りづつけることを自分のやるべきことと決めた。やっぱりさ、傍若無人は...
もう源氏と平家はかなり戦闘しているのだね。源頼朝、源義仲との戦闘もかなり行われているのか。源義仲と平維盛が戦うわけだけど、圧倒されて、源義仲が京に上ってくる。平家は福原、大宰府へと移り住む。琵琶はと言えば、お母さんを探して旅をしているようだけど、お母さんは城資永の側室だったのね。京の都は源義仲の郎党が傍若無人なふるまいをしているので、平家がいたときとあまり変わらない様子だが、琵琶を助けた人たちは誰...
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。