在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
逆転編14/もののふの美学となった
歴史人「織田信長と本能寺の変」!令和の新発見で信長像が変わる?信長殺しの動機と黒幕説は?
建勲神社
【信長の合戦】小口城の戦い~犬山城攻略【尾張統一編】
謎解き編38/ハテナに遭遇した境内散策
【歴史年表で追う】信長・秀吉の戦いと政策を比べて覚える
【信長の合戦】村木砦の戦い【尾張統一編】
【歴史年表で追う】室町時代2つの争乱期、南北朝・戦国
しぶとい植物、そして光秀も @フラリエ
【信長の合戦】浮野の戦い【尾張統一編】
【信長の合戦】稲生の戦い【尾張統一編】
【SHN】袴田巌~冤罪で47年間を刑務所で過ごした男性の裁判で無罪が確定しました【姓名判断チャート掲載中】
トンデモ編11/退却殿軍はウラ最前線
【信長の合戦】萱津の戦い【尾張統一編】
【信長の合戦】安食の戦い~清州城奪取【尾張統一編】
<前編>のつづきです。愛宕神社の東側の切岸を登れば、いよいよ西山城主郭部に入ります。 切岸の下にある説明板です。 復元図を拡大します。中央に広い主曲輪があ...
※2017年の旅行でござる ー目の薬師さまとして信仰の厚い「一畑薬師」ー さて、 一畑薬師にやってきたのだ。 1,300段の石段でも有名だそうだけど、なんでも一番近くに車を停めたいヒト
※2017年の旅行でござる ー「松江の台所 こ根っこや」の天ぷら定食ー さて、 2017年最後の旅行は鳥取の皆生温泉なのだ。 鳥取はまあ、ワタクシ家からそんなに遠くないからっちゅうこと
※2017年の旅行でござる さて、 ココはどこでしょう。 中にはクリスマスツリー。 物思うヒト。 (注:作品名にあらず) ネコはな~んも考えてない、行き当たりばった
朽木陣屋の北側にそびえる標高356m、比高200mの西山の山頂に、かつて西山城がありました。今から城跡に登ります。 西山城に関する史料が未発見のため詳細は...
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
琵琶湖の北西にあった朽木陣屋は、かつて近江源氏佐々木氏の庶流・朽木氏の代々の居館でした。現在、その遺構はほんの一部しか残っていませんが、現在は史跡公園とし...
※2017年の旅行でござる ー白鬚神社 湖中大鳥居ー さて、 琵琶湖畔にある白鬚神社に到着なり。 国道沿いに立っているのだ。 鳥居をくぐると、 右手に手水舎。
河原町二条下ルの辺りに建つ旧島津製作所本社ビル。 1927年に近代建築の巨匠・武田五一により建築されたビルで、現在は結婚式もできるビストロレストランとして営業…
※2017年の旅行でござる ーマキノ公園 メタセコイア並木ー さて、 帰りは滋賀県を通過するのでメタセコイア並木を見学。 わー、これが噂の「メタセコイア並木」か~、と後部座席から乗
新撰組。。人気ありますねえ。 さて、その新撰組を一躍有名にしたのが池田屋事件。 京都の池田屋に集まり、京都御所焼き討ちなどを計画していった尊皇攘夷派の志士を 襲撃した事件です。 その池田屋事件が起きたのが1864年6月5日です。 (時代背景) 幕末、日本は開国し世の中は、天皇中心で外国勢を排除する尊王攘夷派と朝廷と幕府が協力する公武合体派に分かれます。 下の写真は京都御所ですが、朝廷内でも同じように2つに分かれます。 (八月十八日の政変) 1863年、朝廷内の公明天皇や公武合体派の中川宮朝彦親王が、会津藩や薩摩藩と協力し、尊王攘夷派の公卿・三条実美など7人と長州藩を京都の御所から追放する政変を…
6月5日は、2人の軍人、しかも両人とも元帥、の国葬が行われた日です。 その2人は、東郷平八郎と山本五十六です。 (東郷平八郎) (「近代名士写真 其1」:国立国会図書館ウエッブサイトより) 東郷平八郎は、日本海軍での世界史上例のない完全勝利、しかも大国ロシアに対しての大勝利が有名です。 東郷平八郎は、父が鹿児島藩士。戊辰戦争に従軍し、維新後、1871年(明治4年)にイギリス海軍に留学。帰国後、海軍中尉となる。日清戦争では浪速艦長として活躍。日露戦争では連合艦隊司令長官として、自ら作戦を指揮し、バルチック艦隊を日本海海戦で 全滅させます。 1934年(昭和9年)5月30日午前7時に亡くなり6月5…
幕末の1863年6月7日、奇兵隊が設立されます。 1863年、6月7日、長州藩の高杉晋作が藩から下関の防衛を任せられ、 その1つとして奇兵隊を設立します。 山口県下関市には、奇兵隊結成の地があります。 (白石邸で奇兵隊結成) 奇兵隊が結成される前の5月10日、長州藩が、下関の亀山砲台から関門海峡を通る 外国船に対し砲撃をくわえました。攘夷です。 【長州藩の外国船への砲撃について書いたブログ記事】 (高杉晋作奇兵隊を設立) 外国船に砲撃した長州藩は、外国軍艦の報復・来襲に備えます。 そこで、高杉晋作が、下関市にある廻船問屋の白石正一郎邸で、身分に因らない志願者で集めた兵隊組織・奇兵隊を結成します…
6月8日は、 淡路島と四国を結ぶ大鳴門橋が 開通した日です。 (淡路島と四国を結ぶ大鳴門橋) 大鳴門橋は、兵庫県の南あわじ市福良丙 (淡路島門崎)と徳島県の鳴門市鳴門町土佐泊浦(大毛島孫崎)間の鳴門海峡を結ぶ吊橋です。 橋の真下には有名な鳴門の渦潮が広がっています。 この橋は、全長 1629 m、中央径間876mの吊橋で上部が自動車道、下段が鉄道という 二層になっています。 (鳴門の渦潮を真下に見れる) 大鳴門橋の徳島側には、遊歩道があり橋桁は全長450mほどの「大鳴門橋遊歩道 渦の道」が設けられています。 その先にある展望室にはガラス張りになっている床が数カ所あり、そこでは渦潮を真下に見るこ…
ぷりんです! 都内からそう遠くない、栃木県の塩原温泉へ!中でも「元湯温泉」という硫黄のにおいに囲まれている温泉へ足を踏み入れました。肌が再生された、そんな1泊2日の旅日記。 【1日目】ローカル線を乗り継ぎ、大出館へ! 今回宿泊する場所は、塩原温泉の大出館。 ◆塩原温泉旅館 秘湯の宿 大出館 | 温泉、源泉のご案内 9:00頃に都内を出発し、北千住を経由して東武線へ。一気に日光あたりまで北上!ICカードが使えないという現実を受け入れつつ、野岩鉄道に乗り換え、「上三依塩原温泉口」で下車。4時間くらいかかった。 そこから路線バスに乗り、「元湯温泉口」で下車。バスの時刻表はこちら。 上三依塩原温泉口駅…
※2017年の旅行でござる お部屋に温泉があると朝早くから何度も入るのよね。 それというのも、朝早ぁ~く 起こす 起こしてくれる人がいるからさ~。 お風呂からの景色。 「芙蓉の間」は、オーシ
※2017年の旅行でござる ー旅館 はまゆうの夕食 越前がにづくしー さて、大浴場でござる。 大浴場は本館2階にある男女別の展望大浴場なのだ。 殿の湯。 姫の湯。 以上!
※2017年の旅行でござる 「越前海岸 はまゆう 松石庵」は館内全部が畳敷きになっているのだ。 本館と新館「松石庵」があって、泊まったのは「松石庵」の和室。 松石庵のお部屋は全室半露天の厳選掛け流しの
※2017年の旅行でござる ー越前がにミュージアムー ※2013年3月、厨温泉「うおたけ」に行ったとき撮った画像 さて、 「越前がにミュージアム」に初めて入館したのだ。 隣にある道
※2017年の旅行でござる ワタクシ、嘘をついていたでござる。 前々回、白川郷の旅、これにてシュウリョー! とのたまったのでござるが、続きを発見! どうも、チョキンと途切れた画像が腑に落ちないと思っ
2015年4月のお出かけ記事です。其の壱からの続きからになります。鳥居額白龍社鳥居額市庭戎神社 狛犬さん鳥居愛敬三社相殿社榎社鳥居社号標いただいた御朱印にほんブログ村...
先日、高瀬川沿いを歩いてる時に面白いものを見つけたそれは一之舟入の近く。まずは史跡一之舟入~一之舟入~京都と伏見~大阪を繋ぐ水運の最初の地点。高瀬川を開削した…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
※2017年の旅行でござる 朝ごはんは、昨夜と同じ個室の囲炉裏端で。 朴葉味噌。 ジュースとサラダ。 たまご。 ん~、これはどうやって食べたのだったか思い出せない。
※2017年の旅行でござる 夕ごはんは、囲炉裏の個室で。 掘りごたつ式のテーブルなのでラクちん。 とりあえずの生ビを頼むのじゃ。 「ふじやでとれたかりんで作りました かりん酒」の
前稿で紹介した大徳寺総見院から南へ800mほど下ったところに、織田信長を祀る建勲神社があります。ここは明治2年(1869年)に明治天皇の御下命により創建さ...
昨日の稿で京都阿弥陀寺にある織田信長の墓をお参りしましたが、京都市北区にある大徳寺の塔頭・総見院にも、信長の墓があります。ここは、信長の死後、羽柴(豊臣)...
※2017年の旅行でござる 浴室棟の入り口にある下駄箱。 お部屋の場所が決まっているので帰りも同じ草履で帰れるのが嬉しいのだ。 マッサージチェアあり。 ボケとるで! 男女とも
木屋町通り沿い。先日、高瀬川沿いを歩いてて、通りに咲くアジサイを眺めながら北上してると、一之舟入までの木屋町押小路下るの辺りに、木札が現れた。 佐久間象山・…
※2017年の旅行でござる 「藤助の湯 ふじや」では宿泊棟2階の一番奥の部屋「金鳳花の間」に宿泊。 「きんぽうげ」やで。 ハイナ。 部屋の玄関。 上がるとすぐの、右手に洗面とトイ
※2017年の旅行でござる ー藤助の湯 ふじやー さて、 今回泊まったのは、平瀬温泉「藤助の湯 ふじや」。 駐車場に車を停めると、宿の方が出てきて荷物を持ってくれるのだ。
鴨川沿いをお散歩して出かけた後、色々用を片付けてたら、すっかり遅くなってしまい、少し休憩に寄った。河原町沿いのタナカコーヒー今出川店へ系列店も沢山あり、河原町…
明治時代の1890年(明治23年)に完成した関門海峡の守り、 下関要塞の火の山砲台。 ここは、当時の施設の一部が今も残っていて、 自由に入ることができます!! (下関要塞火の山砲台) 山口県下関市の関門海峡沿いにある標高268mの山「火の山」。 ここには1888年(明治21年)、下関要塞の一部として「火の山砲台」の建設が始まり、1890年(明治23年)に砲台が完成しました。 下関要塞火の山砲台には、砲台があり、地下にはや指令室、倉庫があり兵舎や倉庫などの構造物が作られていました。 明治維新後、一等国の仲間入りを目指し殖産興業・軍備増強に力を入れる明治政府が、当時のアジア情勢の中、清国の北洋艦隊…
※2017年の旅行でござる ー重要文化財 明善寺 庫裡ー 「当村で一番大きい合掌造りです。」とな。 そんじゃ、中を拝見しまひょうかの。 っちゅうことで、お邪魔しますたすた。 内部は何
2015年4月のお出かけ記事です。尼崎えびす神社からお次は貴布禰神社兵庫県尼崎市西本町6-238御祭神高龗神加茂別雷大神加茂御祖大神鳥居が青いなと思って公式の方見ると、阪神淡路大震災で倒壊した鳥居の建て替えで鋼板製で建立したそうです。珍しい鳥居の色は社殿とのバランスと国道43号線沿いという環境事情から汚れの目立たない深緑が選ばれたそうです。社号標手水舎手水水口鳥居額 狛犬さん拝殿額本殿鳥居額白波稲荷神社 ...
本日6月2日といえば、日本史上最大のターニングポイントといっていい「本能寺の変」の起きた日。つまり、織田信長の命日ですね(現代の暦でいえば、6月21日にあ...
※2017年の旅行でござる 12月初旬の旅行は白川郷。 未明に家を出て(↓この満月を撮った時間は5時35分ころ)、 途中記憶をなくし ( また寝たんだにゃ!)、 朝ごはんは、車内でパンかなにかを
奈良県吉野町の山中にある金峯山寺。 「きんぷせんじ」と読みますが、この金峯山寺は、修験道の金峯山修験本宗の本山で、また一帯は、古くから桜の名所として知られています。 (蔵王堂) 金峯山寺は飛鳥時代に修験道の開祖、役行者によって開かれました。 蔵王堂は安土桃山時代に再建されたものです。 正面5間、側面6間、高さ約34m、檜皮葺きで、木造古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ大きさを誇ります。 (南朝の都が置かれた) 金峯山寺は中世には周辺に多くの子院があることから多くの僧兵がいて、吉野大衆と呼ばれていました。 その勢力は興福寺と延暦寺南都北嶺にも劣らないといわれました。こうした軍事的背景があり、南北朝…
京阪電鉄の中書島駅周辺は、坂本龍馬を中心に史跡がたくさんあります。 そこで今回は、中書島駅周辺で歩いて行ける史跡を紹介します。 下の地図を参照して下さい。 【出発駅は京阪電鉄の中書島駅】 京阪電鉄の中書島駅からスタートします。 【⓵伏見長州藩邸宅跡】 駅から歩くとすぐに長州藩邸跡があります。 残念ながら石碑しかありません。 【伏見の長州藩邸跡について書いたブログはココ】 【②三十石船乗り場】 三十石船は、大阪へとつながる重要な輸送手段でした。 京都伏見と大坂八軒屋をつないでいました。 【三十石船について書いたブログはココ】 【③龍馬とお龍 愛の旅路 像:新婚旅行出発の地】 寺田屋で殺されそうに…
1955年(昭和33年)6月1日(水) 1円硬貨が発行されました。 皆さん、消費税でおなじみのあのアルミ貨です。 アルミニウム製の1円硬貨は、日本の現在発行している6種類の通常硬貨の中で、 ただ1つ素材に銅が含まれていない硬貨です。 (若葉のデザインは一般公募) 1円玉は、重さは1枚1g、直径は20mm(2センチ)で厚みは約1.5mmです。 表面には「日本国」と「一円」の文字が刻まれ、「若木」が描かれています。 このデザインは一般公募で決まったもので、日本で現在発行している6種類の通常硬貨のなかで、デザインが一般公募によって決定された唯一の硬貨です。 (1円玉が登場した年・1955年) 1円硬…
壬申の乱と静御前に関係する神社が奈良県吉野町にあります。 吉野山山上へのぼる街道と如意輪寺への分岐にある勝手神社です。 吉野八社明神のひとつで、金峯山の山の入 口にあるので山口神社ともいいます。 (壬申の乱) 吉野は、壬申の乱のときに大海人皇子が身を寄せた場所でもあります。 大海人皇子は兄の天智天皇の病床で自分は出家し皇位を継がない事を主張し 吉野に行きます。 672年、天智天皇の息子の大友皇子に対し大海人皇子が吉野で挙兵します。 そして、この神前で琴をかなでていると、後ろにある振袖山の上から天女が袖を ひるがえして舞いながら現れ、吉兆を示したといいます。 そして壬申の乱で大海人皇子は勝利し天…
神体山・磐座・ご神木など『風土記』の時代から続く原始信仰の絶景を紹介します A magnificent view of an ancient Japanese shrine and temples
※2017年の旅行でござる ー「裕次郎」という名のデザートー さて、 ランチは「洋食Katsui 山の辺の道 やまのべ大食堂」で。 テラス席もあるけど、この時期は寒いから皆さん店内席
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。