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戦国乱舞

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日本の戦国時代に興味のある方! 語りませんか??かなりのマニアさんから 少ししか知らない初心者さんまで大歓迎! また!中国の三国志&水滸伝 ゲームの無双!好きなので! そちらの方でも!語りませんか?
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戦国乱舞の記事

1件〜50件

  • 探検460 彼は生き延びたはずだ
    2021/02/26 12:49
    探検460 彼は生き延びたはずだ

    「死んでも生きている」?別にフランケンシュタインやゾンビのお話ではありませんが、実は「その時死んだ」ことが歴史の事実として確定しているにもかかわらず、「いや、奴サンは実は死んではいなかったのだ」と主張される人物が、日本史には少なからず登場しています。これ

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 103.続・蜂須賀至鎮
    2021/02/06 00:02
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 103.続・蜂須賀至鎮

     蜂須賀至鎮は、木津川口砦攻略後に、同地に布陣していたが、水野勝成が、博労淵砦を攻略する前に、自身が、砦を落とそうと考え、家康に「博労淵の守備兵が、荻に隠れて…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 102.蜂須賀至鎮
    2021/01/30 00:02
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 102.蜂須賀至鎮

     蜂須賀至鎮は、1586年(天正十四年)、蜂須賀家政の長男として、誕生した。 至鎮の母は、家政の正室、生駒家長の娘の慈光院。 前述の通り、1600年には、小笠…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 101.蜂須賀家政・参
    2021/01/23 01:00
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 101.蜂須賀家政・参

     小田原城中では、北条氏の一族及び、重臣が、豊臣軍と徹底抗戦するか、降伏するかの議論が、紛糾し、長々と続いた。 その印象によって、平時に、月二回程度、行われて…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 100.蜂須賀家政・弐
    2021/01/16 00:03
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 100.蜂須賀家政・弐

     1583年(天正十一年)、蜂須賀家政は、賤ヶ岳の戦いに参加し、播磨佐用郡内に、三千石を与えられた。1 585年(天正十三年)には、家政は、父の正勝と共に紀州…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 99.蜂須賀家政・壱
    2021/01/09 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 99.蜂須賀家政・壱

     蜂須賀家政は、1558年(永禄元年)、蜂須賀正勝の嫡男として、尾張国の丹羽郡宮後村の宮後城に生まれた。 母は、正勝の正室の大匠院、松。 大匠院の出自は、明確…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 98.蜂須賀正勝・十五
    2021/01/02 00:02
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 98.蜂須賀正勝・十五

     大坂城の留守居の蜂須賀家政・生駒親正・黒田長政は、紀州勢と戦ったが、建設途上の大坂の町は、無防備のため、、紀州勢は、大坂の街を破壊して、焼き払った。 最終的…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 97.蜂須賀正勝・十四
    2020/12/26 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 97.蜂須賀正勝・十四

     中国国分の結果、羽柴秀吉が、当初、求めていた、高梁川以東の毛利領の全面割譲は、受け容れられなかったが、備中国の内、賀陽郡・都宇郡・窪屋郡、美作国及び、備前国…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 探検451 パワハラ付きの手伝普請
    2020/12/25 07:42
    探検451 パワハラ付きの手伝普請

    「関ヶ原の戦い」(1600年)の折に端を発した徳川VS島津の確執は、その後も長く尾を引くことになりました。この時、島津(薩摩藩)は東軍(徳川方)へ味方する旨を申し出ましたが、徳川方がこれを頭から疑ったこともあって、西軍への参加を決めたのです。すっかり拗ねちゃ

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 96.蜂須賀正勝・十参
    2020/12/19 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 96.蜂須賀正勝・十参

     7月17日には、山崎合戦のあった、天王山山頂に山崎城の普請を開始した、秀吉に対し、安国寺恵瓊が、早々に、毛利輝元及び、吉川元春の使者として、訪れている。 毛…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 95.蜂須賀正勝・十弐
    2020/12/12 00:02
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 95.蜂須賀正勝・十弐

     本能寺の変の以前から、既に、羽柴秀吉は、包囲を継続すると同時に、毛利家との講和の交渉に入った。 毛利家は、僧侶の安国寺恵瓊を黒田孝高のもとに派遣し、備中・備…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 探検449 キリスト教の日本語センス
    2020/12/11 07:41
    探検449 キリスト教の日本語センス

    キリスト教宣教師として、最初に日本に来た(1549年)フランシスコン・デ・ザビエル(1506頃-1552年)が、その布教活動において、ちょいとばかり首を傾げたことがありました。~唯一神である「デウス」を連呼したところで、その名を知らぬ  日本人にはどうも上手く伝ってお

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 94.蜂須賀正勝・十壱
    2020/12/05 00:03
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 94.蜂須賀正勝・十壱

     毛利元就の次男、吉川元春が、伯耆国に侵攻して、南条元続の羽衣石城及び、小鴨元清の岩倉城を攻め、経家の雪辱を果たそうと、馬山に背水の陣を布いた。 秀吉は、正勝…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 探検448 戦国の端緒を開いた三尺入道
    2020/12/04 07:47
    探検448 戦国の端緒を開いた三尺入道

    「戦国時代」はいつ始まったのか?そのひとつにはこんな見方もあるようです。~そりゃあ、やっぱり室町六代将軍・足利義教(1394-1441年)が  暗殺された、その瞬間からだろうなぁ~この見解に従えば、その「嘉吉の乱」(将軍義教暗殺/1441年)の実行犯・赤松光祐(1381-1

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 93.蜂須賀正勝・十
    2020/11/28 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 93.蜂須賀正勝・十

     1580年(天正八年)1月、三木城の食料は、既に底を尽いていた。 織田軍は、三木城内の支城を攻撃し、6日には、長治の弟、友之の守る、宮ノ上砦を、11日には、…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 探検447 死後に改名された戦国大名
    2020/11/27 08:35
    探検447 死後に改名された戦国大名

    その本名を「伊勢(新九郎)盛時」と言ったそうですが、これよりは別名の「北条早雲」の方がよく知られている人物です。生まれは1432年とも1456年よも言われ、またその出自についても、一介の浪人に過ぎないとする見方もあれば、室町幕府に何らかの関りを持っていた人物の血

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 日本史の「言葉」31 朱子学じゃあ戦が出来ぬから
    2020/11/25 08:53
    日本史の「言葉」31 朱子学じゃあ戦が出来ぬから

    明治維新に大きな功績を果たした雄藩も実際にはそれぞれの事情を抱えて いました。 そうした事情は長州藩でも同様で、藩主・毛利敬親(1819-1871年)の下で、 改革派と保守派の2つの派閥が主導権を争っていました。 その各々の姿勢を追えば、改革派とは尊王攘夷・討幕派のことであり、 保守派とは幕府恭順派ということになります。 後には改革派は「…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 92.蜂須賀正勝・九
    2020/11/21 00:14
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 92.蜂須賀正勝・九

     山中鹿之助=山中幸盛の死に伴い、一時、中国地方に覇を唱えた、戦国大名、尼子氏の再興は、叶わずに、滅亡したのである。 1577年(天正五年)、順調に進んでいた…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 91.蜂須賀正勝・九 
    2020/11/14 00:05
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 91.蜂須賀正勝・九 

     西播磨の豪族の内、備前国及び、美作国境に近い、上月城の赤松政範は、容易に秀吉に恭順せずに、毛利輝元と協調する、備前国の宇喜多直家との連携を強化した。  その…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 90.蜂須賀正勝・七
    2020/11/07 00:06
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 90.蜂須賀正勝・七

     陣立ては、三段で、先陣は、佐久間信盛、松永久秀、細川藤孝及び、若江衆、二番手は、羽柴秀吉、滝川一益、丹羽長秀、稲葉一鉄、蜂谷頼隆、三番手は、信長の馬回りであ…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 89.蜂須賀正勝・六
    2020/10/31 00:10
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 89.蜂須賀正勝・六

     そのため、信長は、長島に救援に赴くことができなかった。 同年12月、信長は、浅井・朝倉連合軍と和睦する。 翌年の2月、近江国の佐和山城主の磯野員昌が、織田信…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 88.蜂須賀正勝・五
    2020/10/24 00:06
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 88.蜂須賀正勝・五

     1571年(元亀二年)、浅井長政及び、一向一揆勢は、近江国の国人領主である、堀秀村の箕浦城に攻め寄せた。 浅井氏の庶流である、浅井井規は、秀村の居城、鎌刃城…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 日本史の「タブー」13 時流御免蒙の独創覚悟
    2020/10/20 07:40
    日本史の「タブー」13 時流御免蒙の独創覚悟

    とてつもなく意外な発想とか、あるいは当時の常識にはとんと囚われない言動 とか、その時代の常識の枠内に収まっていないように感じられる出来事も、 時として歴史の中には登場します。 この表現では、筆者の言おうとしていることがイマイチ分かりにくい印象です ので、二三の具体例を挙げておきましょう。 例えば、こういうことです。 ずっと昔々の第41代・…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 87.蜂須賀正勝・四
    2020/10/17 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 87.蜂須賀正勝・四

     1569年(永禄十二年)、蜂須賀小六は、秀吉の代官として、京に留まって、警備に当たり、同年5月、二条城が、火災に見舞われた際に、速やかに鎮火した。 そのため…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 日本史の「信仰」18 神勅違反容疑者の言い分
    2020/10/15 07:11
    日本史の「信仰」18 神勅違反容疑者の言い分

    これは歴史事件というよりは神話に語られている出来事ですが、この国 (日本)の始まりはこうでした。 ~(まず最初に)天照大神の命を受け、その孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)  が高天原から日向国の高千穂峰に天降(あまくだ)りました~ 天照大神の「孫」が「天から降った」のですから「天孫降臨」です。 …

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 86.蜂須賀正勝・参
    2020/10/10 00:07
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 86.蜂須賀正勝・参

     1568年(永禄十一年)、織田信長は、足利義昭を奉戴し、上洛を開始した。 上洛の途上に、南近江の六角義賢・義治の父子の居城、観音寺城があった。 信長長は、義…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 日本史の「大雑把」06 三英傑のキリシタン対応
    2020/10/05 07:48
    日本史の「大雑把」06 三英傑のキリシタン対応

    スペインの宣教師フランシスコ・ザビエル(1506-1552年)がキリスト教の 布教を目的として、日本(鹿児島)に上陸したのは1549年のことでした。 以後、滞在2年余のうちに平戸、山口、京都などで活動を続け500人以上に 洗礼を授けたとされています。 この頃は日本各地で戦が多発し、後に「戦国時代」と呼ばれることになる 時期でしたから、キリスト教の…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 85.蜂須賀正勝・弐
    2020/10/03 00:07
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 85.蜂須賀正勝・弐

     墨俣城の築城は、『絵本太閤記』では、織田信長の命令によって、最初に佐久間信盛が、次に柴田勝家が、築城を試みるが失敗する。 秀吉は、信長に七日間で、完成すると…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 83.蜂須賀正勝・壱
    2020/09/26 00:23
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 83.蜂須賀正勝・壱

     蜂須賀正勝、通称、小六は、1526年(大永六年)、蜂須賀正利の長男として、蜂須賀城に生まれた。 前述の通り、正勝の父、蜂須賀正利は、川並衆として、斎藤道三に…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 83.蜂須賀氏
    2020/09/19 00:23
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 83.蜂須賀氏

     徳島藩主の蜂須賀家は、斯波氏の支流として、斯波武衛家の六代当主、尾張国の守護の斯波義重に従って、尾張国に入り、尾張国海東郡蜂須賀郷を代々、領有したと言われる…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 82.柴田勝家・三十六
    2020/09/12 00:03
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 82.柴田勝家・三十六

     賤ケ岳の戦いは、柴田勝家、滝川一益と、羽柴秀吉、丹羽長秀の織田政権内部における、主導権争いであると同時に、信長の次男の織田信雄と、三男の織田信孝の対立でもあ…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 探検436 それでもボクはやってないッ!
    2020/09/11 14:37
    探検436 それでもボクはやってないッ!

    戦国の覇者・織田信長(1534-1582年)の家臣であった明智光秀(1528?-1582年)は、主君・信長に対する謀反「本能寺の変」(信長暗殺事件/1582年6月)を決行しました。その直後には、その首謀者・明智光秀に対する、これまた信長家臣・羽柴秀吉(1537-1598年)が弔い合戦と

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 81.柴田勝家・三十五
    2020/09/05 00:05
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 81.柴田勝家・三十五

     勝家は、佐久間盛政の大岩砦の襲撃の意見具申に対して、砦の陥落後は、即座に軍勢を撤退することを条件に攻撃を許可した。 大岩山砦は、中川清秀が、守っていたが、盛…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 80.柴田勝家・三十四
    2020/08/29 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 80.柴田勝家・三十四

     同年12月2日、秀吉は、毛利氏の対策として、山陰は、宮部継潤、山陽は、蜂須賀正勝を置いた。 そして、清須会議の和睦を反故にして、大軍を率いて、近江国に出兵す…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 79.柴田勝家・三十三
    2020/08/23 06:30
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 79.柴田勝家・三十三

     清須会議において、柴田勝家は、主君の織田信長の妹であり、浅井長政の妻であった、市を正室に迎えている。 勝家は、この年、六十市歳。市は、三十七歳。何故、勝家と…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 78.柴田勝家・三十二
    2020/08/15 06:38
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 78.柴田勝家・三十二

     山崎の戦いの後によって、明智光秀が、敗死した後の1582年(天正十年)6月27日、清州城において、織田家の重臣達が、集結し、織田家の家督相続問題及び、領地再…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 日本史の「パクリ」15 天下布武は神の座から
    2020/08/10 07:01
    日本史の「パクリ」15 天下布武は神の座から

    尾張国・織田信長(1534-1582年)が、「天下布武」との印文を自分の朱印と して用いるようになったのは、美濃攻略を成功させた後、井ノ口を岐阜と 改名し、自らの拠点を尾張国・清州からこの地へ移した1567年頃からだと されています。 この文言は、一般的には天下統一への意識を強く示したものとの説明に なって…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 77.柴田勝家・三十一
    2020/08/08 00:18
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 77.柴田勝家・三十一

     本能寺の変の時点の信長軍の五人の「方面軍司令官」の内、柴田勝家は、前述の通り、上杉軍によって、足止めされた。 関東方面軍司令官の滝川一益は、神奈川の戦いにお…

    Harry

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  • 探検431 戦国版プライベート・ライアン
    2020/08/07 15:20
    探検431 戦国版プライベート・ライアン

    1998年に公開されたアメリカ映画「プライベート・ライアン」(原題"Saving Private Ryan"<兵卒ライアンの救出>)は四人兄弟のうち兄三人までが戦死したばかりか、残った末弟もまでが現在前線で戦闘に加わっている事実を知ったアメリカ軍上層部が、その末弟を無事に帰国させる

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 76.柴田勝家・三十
    2020/08/01 00:10
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 76.柴田勝家・三十

     上杉軍の中条景泰は、柴田勝家が、魚津城を包囲すると、即座に、上杉景勝に対して、救援を求めるが、越後国に隣接している、信濃国及び、上野国には、武田家を滅亡させ…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 日本史の「事始め」21 鉛筆は鉄砲より強しか?
    2020/07/30 07:51
    日本史の「事始め」21 鉛筆は鉄砲より強しか?

    江戸時代を舞台にしたTV時代劇の劇中に登場した文字を書くシーンでは、 筆記ツールとして毛筆が使われていました。 その数日後、今度は幕末維新を描いたTVドラマです。 ここにも同様のシーンが登場しましたが、筆記ツールはやはり毛筆でした。 さて、こんなプチ体験から、個人的にちょっとした素朴な疑問を持つことに なりました。 ~するってぃと、日本人が…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 日本史の「大雑把」05 名乗り数多の戦国生涯
    2020/07/25 06:34
    日本史の「大雑把」05 名乗り数多の戦国生涯

    たとえば、この戦国武将は諸事情も重なって、一生のうちに数多の名前を 持つことになりました。 もちろん数だけでいえば、もっと多かった人物もいるのかもしれませんが、 それにしても現代人の感覚からすれば、やはりこんな印象になるところです。 ~こんなに多くの名前を持って、逆に不自由はなかったのかしら~ せっかくですから、その例に挙げた戦…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 75.柴田勝家・二十九
    2020/07/25 00:15
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 75.柴田勝家・二十九

     信長と石山本願寺の和睦後、柴田勝家は、一向一揆の司令塔、金沢御堂を攻め滅ぼして、軍勢を北加賀及び、越中国との境界に進めた。 1580年(天正八年)11月に、…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 74.柴田勝家・二十八
    2020/07/18 00:04
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 74.柴田勝家・二十八

     しかし、同時期に、摂津国において、信長の重臣である、荒木村重が、謀反を起こした。 信忠軍の加茂砦が、荒木村重の夜襲を受けると、信長は、利治に対し、越中国を速…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 探検428 千姫と秀頼様の祟り
    2020/07/17 07:38
    探検428 千姫と秀頼様の祟り

    戦国時代で最も有名は姉妹といえば、北近江の戦国武将・浅井長政とその妻・お市(織田信長の妹)の間に生まれたいわゆる浅井三姉妹(茶々・初・江)でしょう。後に、長女・茶々は豊臣秀吉の側室(淀殿/1569-1615年)となり、三女・江(1573-1626年)は徳川家康の息子・秀忠

    研修隊員

    日本史探検隊

  • 日本史の「発明発見」26 季節限定戦では埒が明かぬ
    2020/07/15 08:14
    日本史の「発明発見」26 季節限定戦では埒が明かぬ

    戦国三英傑の一人である尾張国・織田信長(1534-1582年)は、当時の大名の 誰もが思いつかなかった「兵農分離」という新政策を打ち出し、これを実行に 移しています。 これ、文字通りに「兵士と農民を分ける」ことを意味する政策でした。 逆に言えば、それまでは基本的に「兵農一致」&lt;…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 73.柴田勝家・二十七
    2020/07/11 00:08
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 73.柴田勝家・二十七

     更に、上杉軍は、9月17日、加賀国及び、能登港の間に立地する、末森城を攻略すると、山浦国清と斎藤朝信を配した。 柴田勝家の率いる、織田軍は、七尾城落城を知ら…

    Harry

    『正義』と『平和』

  • 日本史の「ライバル」06 公務?川中島の戦い
    2020/07/10 07:38
    日本史の「ライバル」06 公務?川中島の戦い

    数多の戦が繰り広げられた戦国時代の中でも、とりわけ知名度の高い戦闘の 一つに、甲斐・武田信玄(1521-1573年)と越後・上杉謙信(1530-1578年) による激突「川中島の戦い」を挙げることができそうです。 両軍の激突は、実は一回に留まらず、意外なことに前後五回にわたっ…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 日本史の「例外」04 天才武将暗黙のお約束
    2020/07/05 07:31
    日本史の「例外」04 天才武将暗黙のお約束

    天才武将、天才軍人、あるいはそれに似たイメージで語られる人物は 日本史の中にも少ならからず登場しています。 具体的な名を挙げるなら、平安時代末期の源義経(1159-1189年)もその一人 でしょう。 殊に平家相手の「一の谷の戦い」(1184年)、「屋島の戦い」(1185年)、…

    住兵衛

    ヤジ馬の日本史

  • 【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 72.柴田勝家・二十六
    2020/07/04 00:10
    【清和源氏】編『足利一族』章「斯波氏」節 72.柴田勝家・二十六

    朝倉氏滅亡後、信長は、朝倉義景の旧家臣、前波吉継を越前国の守護としたが、同様に、義景の旧家臣の富田長繁は、前波の越前国守護就任に反発し、1574年(天正二年)…

    Harry

    『正義』と『平和』

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