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幕末・維新史

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幕末・維新史
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幕末・維新史
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幕末・明治維新の歴史にまつわる話題のトラコミュです。歴史、歴史小説、歴史関係エッセイ、人物伝、NHK大河ドラマ、映画・・・etc 幕末明治維新に関する記事なら何でもOKです。気軽にトラックバックしてください。楽しく語り合いましょう。
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幕末・維新史の記事

1件〜100件

  • 日本史の「災難」20 拒否権なしの突然幕命
    2022/06/30 07:15
    日本史の「災難」20 拒否権なしの突然幕命

    その領地を召し上げて他の地に移し替える、いわゆる「国替」(くにがえ) と言われる大名統制策が取られたのは、豊臣秀吉(1537-1598年)が、 実力者である徳川家康(1543-1616年)を駿河国駿府から武蔵国江戸に移し 替えた(1590年)事例が最初だとされています。 「オマエ…

  • 【幕末創作】乾退助プロット公開
    2022/06/20 22:57
    【幕末創作】乾退助プロット公開

    幕末恋愛遊戯かぐやの君乾退助/同床異夢(一部18禁) プロット公開しました♪これで一旦、乾の個別プロット公開という形に着地させたいと思います。(かぐやの君(仮)全体プロットも既に公開中です)だけど所詮乙女ゲーではない為『キャラ別ルート』『キャラ別エンディ

  • 【幕末創作】高杉晋作プロット公開
    2022/06/20 22:57
    【幕末創作】高杉晋作プロット公開

    幕末恋愛遊戯かぐやの君高杉晋作/相縁奇縁(一部18禁)番外編/高杉晋作異聞奇譚(一部18禁)プロット公開(中)です!高杉くんの個別ページはだいぶ前に公開していたのですが、先ほど投下した乾と同じ形式で再度紹介します♪乾のプロットではあらすじが鬼長く、ネタバ

  • 小松帯刀イラスト
    2022/06/20 22:57
    小松帯刀イラスト

    小松帯刀SS『こまつといっしょ3』イメージイラスト 慶応元年 全ての努力、研鑽、東西奔走空しく武市は処刑され、はつみは心身ともに満身創痍となる。小松の判断により亀山社中ら仲間ともいったん離れ、薩摩の小松別荘に引き取られていた。 10月、四カ国艦隊神戸港開港

  • 沖田総司プロット&イラスト
    2022/06/20 22:57
    沖田総司プロット&イラスト

    沖田総司SS『思い出となるように(R18)』イメージイラスト 慶応2年1月19日 薩長同盟直前のこの日、待ち続けるばかりだった辛い初恋の決着がつきます。 はつみは大久保一翁に会いに行く龍馬に先駆けて伏見に入った所で沖田と再会しました。身分としては龍馬と同じく薩摩か

  • 探検515 人斬り半次郎の最期
    2022/06/19 12:48
    探検515 人斬り半次郎の最期

    「逆説の日本史 20幕末年代史編Ⅲ」の中で、著者・井沢元彦氏は佐久間象山(1811-1864年)の暗殺に触れ、こう書いています。 ~日本史上もっともテロが横行した幕末の文久から元治にかけても、 「人斬り」とまで呼ばれた人間は四人しかいない。 この「人斬り彦斎」こと熊

  • 日本史の「ライバル」10 ベストセラー日本地図
    2022/06/15 07:35
    日本史の「ライバル」10 ベストセラー日本地図

    江戸後期の1828年のこと、任期を終えたドイツ人医師・シーボルト (1796-1866年)の帰国のための船が、たまたま起こった暴風雨によって 難破し、そのために積み荷が調べられることになりました。 その際、持ち帰ろうとした帰国用の荷物のうちに伊能忠敬(1745-1818年) 作成の日本地図などを含む多くの禁制品のある…

  • 探検514 ニセ物で時代を動かした
    2022/06/10 07:15
    探検514 ニセ物で時代を動かした

    天皇の命令、さらにはそれを記した文書を意味する詔と勅には区別があって、厳密にはこうなるそうです。○詔 → 臨時の大事に用いる。○勅 → 尋常の小事に用いる。両方を合わせて「詔勅」という表現も用いられます。ところが、日本の歴史の中には「偽勅」「密勅」という

  • 日本史の「列伝」19 幕府終焉と幕閣たちの最期
    2022/05/30 06:54
    日本史の「列伝」19 幕府終焉と幕閣たちの最期

    たまたまのこと、こんな説明に遭遇しました。 ~明治維新とは、日本史における政治的革命~ 「政治的革命」とされているからには、そのものズバリの「政治革命」とは ちょっと違うニュアンスが含まれているのでしょう。 ほんなら、その「政治的革命」なる出来事をわざわざ「維新」と呼び換える 理由は? 探ってみると、

  • 探検512 幽界熱血探究の神道家
    2022/05/27 07:21
    探検512 幽界熱血探究の神道家

    とある少年の特異な体験談(1820年頃)が世間の注目を集めていた。~オイラは、神仙界に自由に行き来できる不思議な老人(仙人?) と出会い、その老人に連れられてあっちこっちと飛行し、やがて 常陸の岩間山へ飛ぶや、その山中で四年間にわたって諸武術・ 書道・祈祷術

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  • 探検519 違うの?満年齢と数え年
    2022/05/13 17:29
    探検519 違うの?満年齢と数え年

    人間の年齢って、いつ加算されるのか?現代人と昔の人ではこの問題に対する回答はおそらく異なるであろうことを、若いヒメ隊員は理解できるかな。そう、言葉にすれば、「満年齢」を採用している現代に対し、明治以前は「数え年」を使っていたからだ。では、昔の人はなぜ「数

  • 探検518 先送り?忘却?日本国旗の制定
    2022/05/06 06:15
    探検518 先送り?忘却?日本国旗の制定

    ~白地の中央に太陽(日章)の赤丸をあしらった日章旗(日の丸)を、 いつ誰が日本の国旗と決めたのかしらん?~突然にこんな質問をぶつけられたとしたら、「日の丸弁当」の方ならともかくも、まあ大抵の方は即答できるものではありません。そこで頭の中を少々クールにした

  • 日本史の「数字」10 九尺二間裏長屋の生活風景
    2022/05/05 07:18
    日本史の「数字」10 九尺二間裏長屋の生活風景

    江戸時代における庶民生活って一体どんなふうだったのか? ドラマなどでそうした様子を描いていることも少なくはありませんが、でも なんとなく実感が伴ってこないのもまた事実です。 そう感じていたところで、とある本の中に「長屋の生活」と題した項目を 見つけてしまいました。 そういう成り行きなら、それを無視することは難しい。  そこで中身を覗いてみたのですが、のっけに紹介さ…

  • 日本史の「謎解き」33 衣服がらみの世間話
    2022/04/30 10:22
    日本史の「謎解き」33 衣服がらみの世間話

    「衣食住」という言葉があります。 人間が生命を守り生活を維持していくために欠かせないものとされる衣服と 食物と住居を指した言葉です。 その意味合いはまあ素直に認めることにしますが、ただ、ちょっと待て。  その順番だ。 これが、人間にとって重要なものの順番に並べたものだと したら、筆者的にはちょっと首を傾げたい。 だって、人間に限…

  • 探検517 敗軍薩摩はなぜ安堵されたのか
    2022/04/29 17:06
    探検517 敗軍薩摩はなぜ安堵されたのか

    「関ヶ原の戦い」(1600年)の折の出来事です。いささかの手違いがあって、心ならずも 西軍にその身を置くことにしたのが薩摩国・島津義弘(1535-1619年)でした。戦闘についての作戦もそれなりに具申しましたが、ただ西軍指揮官である石田三成(1560-1600年)はそれに賛意を

  • 探検514 百姓ってドナタのこと?
    2022/04/08 08:54
    探検514 百姓ってドナタのこと?

    「士農工商」とは、元々は中国・儒教が生んだ身分概念ですが、日本の学校教育などでは、これを江戸時代における身分序列であり、「四民」を偉い順に並べたものだと教える向きもありました。しかし、実際には儒教の概念を超えるものではなく、身分序列というほどに厳密で窮屈

  • 探検511 屈辱の叱責から技術立国へ
    2022/03/18 07:49
    探検511 屈辱の叱責から技術立国へ

    いわゆる「黒船来航」(1853年)より半世紀ほど前のこと、鎖国体制にあった日本の長崎港にイギリス軍艦が突如侵入するという事件がありました。軍艦の名から「フェートン号事件」(1808年)と呼ばれています。イギリス軍艦であるにもかかわらず、「オランダ国旗」を掲げて堂

  • 日本史の「落胆」10 踏んだり蹴ったりで改元す
    2022/03/16 07:48
    日本史の「落胆」10 踏んだり蹴ったりで改元す

    たとえば、近年なら.昭和とか平成とかの、いわゆる「元号」について、 こんな説明に遭遇しました。 ~日本の場合、最初の元号である「大化」から「慶応」までは災害や  天変地異などの理由で頻繁に改元が行われてきた。 ~ ところが、~「明治」以降は一世一元の制に基づく~そうで、要するに、 天皇一代につき一つの元号とされということであり、さ…

  • 探検510 脱藩藩主その後の波乱万丈
    2022/03/11 07:22
    探検510 脱藩藩主その後の波乱万丈

    その藩の籍から離れ、主従関係を解消する「脱藩」・・・こうした経験を持つ人物は、幕末に限っただけでも何人もいます。たとえば、長州藩士・吉田松陰(1830-1859年)は、我が目で東北の状況を確かめるべく旅行を計画したものの藩からの許可発行が遅れたため、それを待たずに

  • 探検508 遣欧武士団の記念集合写真
    2022/02/25 08:15
    探検508 遣欧武士団の記念集合写真

    あまり有名な出来事ではないかもしれませんが、1864年のこと、備中国(現:岡山県)井原領主・池田長発(ながおき/当時28歳/1837-1879年)をリーダーとした34名からなる「遣欧使節団」が、幕末の日本を離れ、遠くフランスへ渡航した事実があります。 これより2年ほど前の

  • 探検507 租借地を拒否した幕末日本
    2022/02/18 07:39
    探検507 租借地を拒否した幕末日本

    七つの海を跨く「イギリス帝国」を構想し、世界に「植民地」を拡大していていたのが19世紀のイギリスであり、海禁(鎖国)中のアジアの超大国・清国(中国)に対して起こした「アヘン戦争」(1840-1842年)も、まさにそうした行動の一つでした。完膚なきまでに叩きのめされた

  • 日本史の「災難」18 幕末と令和の疫病退散法
    2022/02/15 07:56
    日本史の「災難」18 幕末と令和の疫病退散法

    2019年末に中国で(と考えられている)新たに発生した「新型コロナウイルス 感染症」は日本でもその後数度にわたる感染急拡大を繰り返しています。 ~現代にもあるくらいだから、こうした事態は昔もあったに違いない~ そう踏んでいた筆者の手元に届いたのが、特集記事を組み別冊誂えにした 地元紙・中日新聞のサン…

  • 探検506 幕末御預浪士の武士道
    2022/02/11 07:49
    探検506 幕末御預浪士の武士道

    時代劇でもしばしば取り上げられる「新選(撰)組」。非常に微妙な存在であることはその正式な名乗りからも窺えます。~京都守護職/会津藩松平肥後守容保中将/御預浪士/新選(撰)組~同じ頃活動した「京都見廻組」が幕臣(旗本・御家人)で構成された正規(公的)の組織であ

  • 探検504 幕末ブラック企業と過労死
    2022/01/28 08:33
    探検504 幕末ブラック企業と過労死

    最初の「黒船来航」(1953年)の折、開国を迫ったペリー艦隊は、その帰りしなに、幕府に対してこんな挨拶を言い残しました。~また来年もお邪魔に上がりますから、どうぞヨロシクね~この言葉にアワを食ったのが幕府でした。なぜなら、開国を迫るようなウットウしい奴らには

  • イラスト
    2022/01/25 07:43
    イラスト

    最近描いたイラスト↑沖田総司↑高杉晋作↑アーネスト・サトウ↑坂本龍馬最近幕末再燃し始めたんだけど、かぐやの君自体は2006年から続けている創作です。(途中、友人とともに『はつみさお』として合同創作しておりました。)・かぐやの君WEBはこちら

  • 映画『燃えよ剣』鑑賞備忘録
    2021/12/23 23:36
    映画『燃えよ剣』鑑賞備忘録

    先日、映画『燃えよ剣』をようやく観てきました。監督は原田眞人、主人公の土方歳三役を岡田准一、原作は言うまでもなく故・司馬遼太郎の小説で、司馬ファンとしては...

  • 中島みゆきなど芸能人・著名人の自宅を探訪~代田・代沢散策(5):斎藤茂吉/三好達治/横山利一/なべおさみ
    2021/12/20 14:59
    中島みゆきなど芸能人・著名人の自宅を探訪~代田・代沢散策(5):斎藤茂吉/三好達治/横山利一/なべおさみ

    ★都合により、しばらくの間(10日~2週間程度)記事の更新をお休みします。☆☆☆前回の「著名人の自宅を探訪~代田・代沢散策(4):服部克久/河口慧海/萩原朔太郎/円乗院」では、世田谷区の代田を散策しながら、服部克久の自宅や文士・著名人の旧宅跡を探訪しました。今回は、代田を散策しながら、中島みゆき、なべおさみなど芸能人・著名人の自宅を探訪します。(※)他の芸能人・著名人関係の記事については、「芸能人・著名人...

  • 史跡から見る隠れキリシタン伝承~三田用水跡暗渠散策(番外編3):目黒新富士/胎内洞窟/浅草・鳥越きりしたん殉教記念碑/切支丹灯籠/島原藩抱屋敷
    2021/12/20 14:59
    史跡から見る隠れキリシタン伝承~三田用水跡暗渠散策(番外編3):目黒新富士/胎内洞窟/浅草・鳥越きりしたん殉教記念碑/切支丹灯籠/島原藩抱屋敷

    今回は、「失われた三田用水遺構と戦艦大和と目黒新富士~三田用水跡散策(6)」での散策場所近くにある史跡を通じて、隠れキリシタンについて考察してみます。また、本記事は「三田用水跡暗渠散策シリーズ」の番外編となりますが、番外編としては本記事の他に以下の2つの記事とシリーズがあります。①「日本最大のイスラム寺院・東京ジャーミイを訪問」②『「芸能人・著名人の自宅」と「湧水」を探訪~代々木八幡・初台・西原・大...

  • 日本史の「列伝」17 幕末公武合体と新政府国葬
    2021/12/20 07:15
    日本史の「列伝」17 幕末公武合体と新政府国葬

    遥か太平洋の向こう側から、艦隊を組んだアメリカがこの日本の領海に姿を 現した出来事がいわゆる「黒船来航」(1853年)です。 そして、この出来事より以降の時代を一般的には「幕末」と呼んでいます。 この時のアメリカがいささか強圧的な姿勢で日本側に要求したこと、それは 日本が鎖国を止めて開国に踏み切る決断でした。 ~今までのように鎖国を続けるの…

  • 板橋駅近くにある 近藤勇の墓
    2021/11/15 22:15
    板橋駅近くにある 近藤勇の墓

    東京都北区、JR板橋駅前には、近藤勇墓所・新選組隊士慰霊碑が建てられています。 近藤勇…幕末に活躍した新撰組の局長ですね。 【東京都調布市にある近藤勇生家の看板に使用されている近藤勇の写真】 ここには、土方歳三が函館で戦死した副長・土方歳三など百十名にのぼる新選組隊士と共に供養されています。 (流山で捕まり板橋で死刑。首は京都へ) 新選組は池田屋事件等での活躍し、幕末の京都を警護する部隊として有名になっていきます。 しかし世の中の動きが討幕へ進む中、鳥羽伏見の戦いでやぶれ、近藤勇は江戸にもどります。新選組は甲陽鎮撫隊と名をかえ戦いを続けますが、苦戦が続きます。 また、方針の違いから永倉新八とも…

  • 沖田総司終焉の地という今戸神社
    2021/11/15 22:15
    沖田総司終焉の地という今戸神社

    沖田総司。。新撰組1番組組長。。。 沖田総司は、新撰組の中でも人気がある1人です。 時代が幕末から明治に変わろうとする1868年(慶応4年)5月30日、結核におかされていた沖田総司が命を落とします。 その沖田の終焉の地が東京台東区にあるというので行ってきました。 台東区にある今戸神社です。 (新撰組1番組組長:沖田総司) 沖田総司は、幕末に白河藩の足軽小頭の家に生まれます。 その後、江戸・市ヶ谷にあった近藤勇の天然理心流道場・試衛館で剣術を習い、 10代で免許皆伝、18歳で師範代を務めます。 1863年、沖田は、近藤勇や土方歳三とともに上京し、芹沢鴨と壬生浪士組を結成、8月に壬生浪士組は新撰組…

  • 11月15日の誕生日&命日を前に・・京都坂本龍馬史跡を歩こう!!
    2021/11/15 22:15
    11月15日の誕生日&命日を前に・・京都坂本龍馬史跡を歩こう!!

    まもなく11月15日、 この日は坂本龍馬の誕生日であり、命日でもあります 大政奉還が行われたわずか1カ月後で、坂本龍馬33回目の誕生日にあたる 1867年11月15日に、坂本龍馬は京都で暗殺されます。 龍馬暗殺の地京都には、ゆかり場所がたくさんあります。誕生日&命日を機に龍馬関係史跡を周ってみては いかがでしょうか? ⓵龍馬が襲撃された伏見地区 ②龍馬の隠れ家があり、暗殺された河原町周辺 ③龍馬のお墓がある霊山護国神社 ・・この3つが京都龍馬史跡の重要地点です。 いずれも近いので1日あれば十分見ることが可能です。 ①龍馬が襲撃された寺田屋周辺(京都伏見) 京阪電鉄の中書島駅からスタートします。…

  • 1867年11月15日 坂本龍馬暗殺!!
    2021/11/15 22:15
    1867年11月15日 坂本龍馬暗殺!!

    大政奉還が行われたわずか1カ月後の 1867年11月15日、 坂本龍馬は京都で暗殺されます。 その日は坂本龍馬33回目の誕生日でもありました。 (大政奉還を演出した坂本龍馬) 坂本龍馬は、幕末の土佐藩脱藩浪人で維新の立役者。 貿易会社で日本初の総合商社である亀山社中、のちの海援隊を創設。 当時、対立していた薩摩藩と長州藩を結び付けて薩長同盟を締結させ、 討幕運動を仕掛けた人で、大政奉還をも演出した人です。 (龍馬、誕生日に暗殺される!) 坂本龍馬は、1867年11月15日、京都にある隠れ家・酢屋から歩いて数分の地にある 近江屋という醤油屋の2階で中岡慎太郎と会っていました。 そこを突然襲撃され…

  • 【渋沢喜作】10.渋沢商店
    2021/11/13 00:06
    【渋沢喜作】10.渋沢商店

     渋沢商店は、主に小野組の商圏であった、上信奥羽の米産地から、東京への廻米及び、委託販売を行い、荷為替決済、運送保険の制度創設に取り組んだ。 1878年(明治…

  • 【渋沢喜作】09.渋沢喜作の生糸商売
    2021/11/06 00:04
    【渋沢喜作】09.渋沢喜作の生糸商売

     前述の通り、1872年(明治五年)、渋沢喜作は、栄一を身元引受人として、赦免されると、栄一の仲介により、大蔵省勧農司七等出仕、全国の農業・養蚕を推進する、官…

  • 【渋沢喜作】08.富岡製糸場
    2021/10/30 00:06
    【渋沢喜作】08.富岡製糸場

     群馬県富岡が、製糸工場の建設地に決定したのは、周辺は、養蚕業が、盛んであるため、繭の調達が、容易であること、周辺の土質が悪く、農業には、不向きな土地であるこ…

  • 【渋沢喜作】07.尾高淳忠
    2021/10/23 00:08
    【渋沢喜作】07.尾高淳忠

     渋沢成一郎の生涯は、新選組の土方歳三に似ている。 両者共に、尊皇攘夷の志士として、上洛したが、成一郎は、徳川一門の一橋家に仕え、土方は、京都守護職の会津藩の…

  • 【渋沢喜作】06.渋沢平九郎の死
    2021/10/16 00:04
    【渋沢喜作】06.渋沢平九郎の死

     渋沢平九郎は、渋沢成一郎、兄の尾高惇忠と逸れて、飯能と越生の境にある、顔振峠に辿り着いた。 峠の茶屋の女主人は、即座に、平九郎が、旧幕府軍の隊士であると見抜…

  • 【渋沢喜作】05.振武軍
    2021/10/09 00:03
    【渋沢喜作】05.振武軍

     渋沢喜作は、徳川慶喜の恩顧に報いるため、最後まで、徳川家を守ろうと彰義隊頭取に就任した。最早、喜作の心は、完全に「幕臣」であった。 栄一の見立て養子、平九郎…

  • 探検488 武士団と砂に埋もれたスフィンクス
    2021/10/08 10:54
    探検488 武士団と砂に埋もれたスフィンクス

    幕末期にあたる1864年のこと、備中国(現:岡山県)井原領主・池田長発(ながおき/当時28歳/1837-1879年)をリーダーとした34名からなる「遣欧使節団」が日本を離れ、遠くフランスへ渡航した史実があります。 この時の「使節団」は上海やインドなどを経由した航路でスエズ

  • 【渋沢喜作】05. 彰義隊頭取
    2021/10/02 00:20
    【渋沢喜作】05. 彰義隊頭取

     渋沢喜作は、栄一が、ヨーロッパに赴く前に、既に、主君である、徳川慶喜に徹底的に奉公し、幕臣として、武士らしく、生きることを決めていた。 最早、倒幕派の尊王攘…

  • 【渋沢喜作】03尾高平九郎
    2021/09/25 00:05
    【渋沢喜作】03尾高平九郎

     渋沢喜作は、慶喜の将軍就任後、幕臣になると、監察支配職役となった。 主な役割は、堂上方、即ち、朝廷の公家等への使者である。 農民出身の喜作は、泰平の世に慣れ…

  • 【渋沢喜作】02渋沢喜作と渋沢栄一
    2021/09/18 00:04
    【渋沢喜作】02渋沢喜作と渋沢栄一

     渋沢喜作は、栄一と共に、平岡円四郎の推挙によって、一橋家に仕官して、徳川慶喜の家臣になった。 尊皇攘夷の志士の二人にとって、徳川御三卿の一つ、一橋家への仕官…

  • 【渋沢喜作】01日本史上における渋沢喜作
    2021/09/11 00:10
    【渋沢喜作】01日本史上における渋沢喜作

     渋沢喜作、別名、渋沢成一郎の名前は、2021年の大河ドラマ、『青天を衝け』によって、飛躍的に高まった。 『青天を衝け』の放送以前に、渋沢喜作の名を知っていた…

  • 【渋沢栄一】30道徳経済合一
    2021/09/04 00:07
    【渋沢栄一】30道徳経済合一

     1878 年(明治十一年)、大蔵卿の大隈は、殖産興業及び、不平等条約改正のための世論を形成する、民間の商人が、互いに相談する、集会の様な機関の設立を、栄一に…

  • 日本史の「事始め」24 見せなきゃコトは進まんゾ
    2021/08/30 06:39
    日本史の「事始め」24 見せなきゃコトは進まんゾ

    ひょんなことから、鉄道のことが話題になりました。 日本初は「いつ、どこだっかた」ということです。 しかしまあ、江戸幕府の時代に鉄道が開通していたとは思えませんから、 普通に考えれば「明治時代」ということになるでしょう。 またその場所も、鉄道唱歌~♪汽笛一声新橋を~と歌われているように おそらくは「新橋(東京)」が出発地だったのでしょう。 とはいうものの、生半可の知識…

  • 【渋沢栄一】29.日本資本主義の父
    2021/08/28 00:04
    【渋沢栄一】29.日本資本主義の父

     栄一は、紙幣・再建の製造、新聞、雑誌の発行等、文明の発展のため、国産の製紙業の必要性を感じ、1873年(明治六年)2月、日本最初の本格的製造業、抄紙会社を設…

  • 【渋沢栄一】28.第一国立銀行頭取
    2021/08/21 00:03
    【渋沢栄一】28.第一国立銀行頭取

     1874年(明治七年)、三井組と並ぶ、第一国立銀行の大口出資先の小野組が、倒産した。 三井組、小野組、島田組は、「為替方」であったため、政府の資金を無金利及…

  • 探検483 ドロワ縄式は民族の伝統です
    2021/08/20 09:01
    探検483 ドロワ縄式は民族の伝統です

    気迫に満ち満ちた名称の江戸時代の法令「無二念打払令」。これが定められたのは1825年のことで、その内容を簡単に示すなら、~(清国・オランダ以外の)外国船を見つけたなら、 何も考えず(無二念で)、ためらうことなく即座に打ち払え、 追い払え!~こう言っているわけ

  • 【渋沢栄一】27.渋沢栄一の大蔵省辞職
    2021/08/14 00:05
    【渋沢栄一】27.渋沢栄一の大蔵省辞職

     予算の増額を要求する、他省庁と、歳出の削減を目指す、大蔵省の対立は、深まった。 大蔵省批判の急先鋒は、司法卿の江藤新平であった。 更に、文部省は、学校建設関…

  • 【渋沢栄一】26第一国立銀行の設立
    2021/08/07 00:10
    【渋沢栄一】26第一国立銀行の設立

     明治維新以前、諸藩が、金の含有量の低い、金貨、偽の二分金を発行していた。 維新後、外国人が、偽の二分金に対し、抗議したため、新政府が、偽の二分金の交換を引き…

  • 【渋沢栄一】25渋沢栄一と大久保利通
    2021/07/31 00:04
    【渋沢栄一】25渋沢栄一と大久保利通

     1871年(明治四年)の夏、栄一は、大隈、伊藤、吉田清成と共に、大阪造幣局に赴いた。 その時、今後、政府において、心を砕き、力を尽くして、貨幣法を定め、租税…

  • 【渋沢栄一】24廃藩置県と藩札の引き換え
    2021/07/24 00:11
    【渋沢栄一】24廃藩置県と藩札の引き換え

     廃藩置県は、自治を基本とする、「藩」を廃止し、新たに「県」を置いて、中央集権国家を実現する、鎌倉時代以降、続いた、日本の封県制度の廃止であった。 1869年…

  • 【渋沢栄一】23.明治新政府の貨幣改鋳
    2021/07/17 00:02
    【渋沢栄一】23.明治新政府の貨幣改鋳

     明治新政府においては、貨幣改鋳は、最大の重要問題の一つとなっていた。 政府では、大阪に造幣局を建設し、銀本位制の貨幣の鋳造の評議は、決定していた。 貨幣改鋳…

  • お詫び|0715一時夏バテ休載します
    2021/07/15 07:38
    お詫び|0715一時夏バテ休載します

    すっかり夏バテしてしまいましたので、今回はいったんの休載とさせて いただきます。 ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ございませんが、復調次第再開する 予定ですので、その間どうぞよろしくご理解のほどお願い申し上げます。                          管理人:住兵衛  

  • 【渋沢栄一】22.明治新政府の改正掛
    2021/07/10 00:04
    【渋沢栄一】22.明治新政府の改正掛

     大隈重信は、栄一の建白を聞くと、自分も、毎日の雑務に追われ、右往左往するのみで、改革を実行できないため、「改正掛」、即ち、業務改革専門の組織を置きたいと考え…

  • 青天のその後と徳川慶喜(1998大河『徳川慶喜』、再放送中)
    2021/07/08 19:51
    青天のその後と徳川慶喜(1998大河『徳川慶喜』、再放送中)

     いま毎朝、チャンネル銀河で1998大河『徳川慶喜』をやっている。 慶喜といえば、故司馬遼太郎さんの『最後の将軍』の印象が強く、実際それが原作なのだが、渋沢栄…

  • 【渋沢栄一】21.八百万の神々の集い
    2021/07/03 00:04
    【渋沢栄一】21.八百万の神々の集い

     栄一は、大蔵省には、知人はおらず、「大蔵省租税司正」の職務の経験は、皆無であった。 栄一は、何をすべきか、全く、不明なため、早く、辞退して、静岡に戻ろうと考…

  • 日本史の「言葉」33 黒船来航と幕末の原理主義
    2021/06/30 07:51
    日本史の「言葉」33 黒船来航と幕末の原理主義

    ~2001年9月11日、ハイジャックされた2機の民間航空機がニューヨークの  世界貿易センタービル(WTC、南北2棟)に突っ込み、1機が首都ワシントン  の国防総省ビル(ペンタゴン)へ、さらにもう1機がペンシルベニア州  ピッツバーグ郊外に墜落し、3025人の死者を出した自爆テロ事件~ いわゆる「同時多発テロ事件」

  • 【渋沢栄一】20.大蔵省租税司正
    2021/06/26 00:06
    【渋沢栄一】20.大蔵省租税司正

     栄一は、「商会」の結成に際し、方法を詳細に書いて、計算書を添えて、平岡に提出した。 商法会所は、地方の主な商人、十二名に御用達を命じたため、銀行と商社を合わ…

  • 【渋沢栄一】19.静岡藩商法会所
    2021/06/19 00:03
    【渋沢栄一】19.静岡藩商法会所

     栄一は、勘定組頭の申し付けに対し、勘定頭の平岡準蔵の許を訪れ、自分は、静岡藩に移住するが、禄を食む、即ち、仕官の気持ちはないことを告げた。 そして、慶喜の昭…

  • 【渋沢栄一】18.静岡藩勘定組頭
    2021/06/12 00:05
    【渋沢栄一】18.静岡藩勘定組頭

     渋沢栄一は、1840年(天保十一年)の生まれのため、帰国した、1860年(明治元年)は、二十九歳であった。 栄一の帰国後に、父の市郎右衛門元助が、東京の栄一…

  • 探検475 シュリーマンの幕末日本訪問
    2021/06/11 09:06
    探検475 シュリーマンの幕末日本訪問

    ギリシャ神話に登場する伝説の都市トロイア※が実在したことを、実際の発掘によって証明(1871年)した人物として有名なのが、ドイツ人考古学者ハインリヒ・シュリーマン(1822-1890)です。実はそのシュリーマンは意外?(でもないかもしれんが)なことに、日本に滞在した経

  • No.650【世界史リブレット人 085~渋沢栄一~近代日本社会の創造者】
    2021/06/07 00:03
    No.650【世界史リブレット人 085~渋沢栄一~近代日本社会の創造者】

     評価:70点/作者:井上潤/ジャンル:歴史/出版:2012年  『世界史リブレット人 085~渋沢栄一~近代日本社会の創造者』は、山川出版社による、「日本史…

  • 【渋沢栄一】17.渋沢栄一の帰国
    2021/06/05 00:03
    【渋沢栄一】17.渋沢栄一の帰国

     徳川昭武は、1867年(慶応三年)11月末ヨーロッパ諸国の訪問を終え、以後、数年間、パリにおいて、留学生活を送る、予定であった。 しかし、既に、万里の彼方の…

  • No.235【雄気堂々】
    2021/05/31 00:03
    No.235【雄気堂々】

     評価:80点/作者:城山三郎/ジャンル:歴史小説/出版:1972年  『雄気堂々』は、毎日新聞において、1971年1月~12月23日まで、連載されていた、「…

  • 【渋沢栄一】16.幕府使節団のヨーロッパ周遊
    2021/05/29 00:05
    【渋沢栄一】16.幕府使節団のヨーロッパ周遊

     前述の通り、栄一は、スエズから、アレキサンドリアの旅程において、初めて、汽車に乗った。 そして、交通機関である、陸の鉄道、海の船舶の日本への導入の必要性を感…

  • 探検473 通訳生・佐藤愛之助って?
    2021/05/28 08:19
    探検473 通訳生・佐藤愛之助って?

    幕末期に英国駐日公使館付通訳生がいた。その名は「佐藤(薩道)愛之助」。こう聞けば、自然「日系二世」?あたりを連想してしまいますが、その本名を「Ernest Mason Satow」(1843-1929年)といい、生粋の英国人でした。この「アーネスト・サトウ」が着任した頃の日本は、ま

  • 【渋沢栄一】15.渋沢栄一のフランス遊学
    2021/05/22 00:03
    【渋沢栄一】15.渋沢栄一のフランス遊学

     栄一は、喜作と共に、幕臣として、鬱々とした、日々を過ごしていた。 二人は、本来の志とは、異なる、幕臣の身を悲観して、浪人、または、血洗島村に帰ることを考えて…

  • 【渋沢栄一】14.渋沢栄一と新選組
    2021/05/15 00:02
    【渋沢栄一】14.渋沢栄一と新選組

     渋沢栄一は、一橋家の財政再建のために尽力していたが、1866年(慶応二年)7月20日、第二次長州征伐の最中、徳川幕府の十四代将軍、徳川家茂が、大阪城において…

  • 【渋沢栄一】13.一橋家の財政再建政策
    2021/05/08 00:02
    【渋沢栄一】13.一橋家の財政再建政策

     栄一は、「歩兵取立掛」としての任務を成功させ、四百五十人以上の歩兵志願者を連れて、京へと帰還した。 同時に、栄一は、歩兵募集のために、領内を巡回したことで、…

  • 【渋沢栄一】12.一橋家の歩兵募集
    2021/05/01 00:03
    【渋沢栄一】12.一橋家の歩兵募集

     西国の一橋家の領地は、摂州、泉州、播州の三国は、大阪の川口に、備中は、井原村に代官所があった。 京の御勘定形から、事前に御用状の形で、代官所に対し、「歩兵取…

  • 【渋沢栄一】11.歩兵取立御用掛
    2021/04/24 00:04
    【渋沢栄一】11.歩兵取立御用掛

     平岡円四郎は、渋沢栄一と喜作にとって、一橋家に仕官させてくれた、恩人であった。 平岡の死後、同様の側用人である、黒川嘉兵衛が、一橋家の政務を執っていた。 黒…

  • 【渋沢栄一】09.一橋家家臣の募集
    2021/04/17 00:03
    【渋沢栄一】09.一橋家家臣の募集

     栄一は、折田が、薩摩藩主の島津久光に意見を述べたこと、また、西郷隆盛に意見書を提出したことなどを探ると、平岡に報告していた。 栄一は、一橋家の密偵として、薩…

  • 【渋沢栄一】09.折田要蔵
    2021/04/10 00:08
    【渋沢栄一】09.折田要蔵

     渋沢栄一は、尊王攘夷の志士から、幕臣となり、維新後には、明治政府の役人となり、更に民間に下って、「日本資本主義の父」となった。 即ち、栄一は、生涯に、三度、…

  • 【渋沢栄一】08.一橋家仕官
    2021/04/03 00:07
    【渋沢栄一】08.一橋家仕官

     栄一と喜作は、京において、名の知れた、人物、塾を訪ね、天下の形勢を知ろうとした。 この時、栄一と喜作は、薩摩藩の西郷隆盛の許を訪ねている。 当時、西郷は、京…

  • 【渋沢栄一】07.渋沢栄一と平岡円四郎
    2021/03/27 00:08
    【渋沢栄一】07.渋沢栄一と平岡円四郎

     栄一は、江戸に出立する前に、父の市郎右衛門元助に、京に逃走する、必要があることを話した。 無論、横浜焼き討ちの計画を打ち明けてはいない。 元助は、栄一が、何…

  • 日本史の「数字」07 徳川将軍の二番目記録
    2021/03/20 08:59
    日本史の「数字」07 徳川将軍の二番目記録

    ♪あたまを雲の/上に出し/四方の山を/見おろして/  かみなりさまを/下に聞く/富士(ふじ)は/日本一の山/ 唱歌「富士山」の歌詞にもある通り、日本一高い山は富士山であることは 日本人の常識になっているといっても過言ではありません。 その富士山について、裾野は山梨県と静岡県に広がり頂上は3,776mなどと、 友人とちょっとした雑学競争…

  • 【渋沢栄一】06. 尾高長七郎
    2021/03/20 00:03
    【渋沢栄一】06. 尾高長七郎

     栄一達は、決行の日を、1863年(文久三年)11月23日に定めていた。 9月14日には、栄一は、計画決行の準備のために江戸へ出ると、10月末には、血洗島村に…

  • 【渋沢栄一】05.横浜焼き討ち計画
    2021/03/13 00:03
    【渋沢栄一】05.横浜焼き討ち計画

     栄一は、江戸に遊学すると、長七郎の紹介で、海保漁村の掃葉軒に入塾した。 同時に、北辰一刀流の千葉栄次郎の道場において、剣術を学ぶと共に、尊皇攘夷の志士達との…

  • 【渋沢栄一】04. 渋沢栄一と岡部藩代官
    2021/03/06 00:06
    【渋沢栄一】04. 渋沢栄一と岡部藩代官

     前述の通り、血洗島村は、武蔵国岡部藩の安部家の所領であった。 安部家は、一万石程の小藩であったため、城の代わりに岡部に陣屋を置いた。 豪農の渋沢一族は、安部…

  • 日本史の「デジャヴ」28 今度は神道と儒教の習合で
    2021/03/05 08:21
    日本史の「デジャヴ」28 今度は神道と儒教の習合で

    ネット徘徊していた折に、ひょっこり「儒家神道」(じゅかしんとう/ じゅけしんとう)という言葉にぶつかりました。  ついでですから、少しばかり探ってみると、 ~江戸時代において儒学者によって提唱された神道である~こう説明され、 さらには~「神儒一致思想」とも呼ばれる~

  • 【渋沢栄一】03. 渋沢栄一の少年時代
    2021/02/27 00:11
    【渋沢栄一】03. 渋沢栄一の少年時代

     渋沢栄一の父、市郎右衛門元助は、農民の身分であるが、教養を重視した。 そのため、栄一は、六歳の頃から、父に読書を授けられた。 市郎右衛門は、江戸時代の主流の…

  • 【渋沢栄一】02. 武蔵国榛沢郡血洗島村
    2021/02/20 00:02
    【渋沢栄一】02. 武蔵国榛沢郡血洗島村

     渋沢栄一は、1840年(天保十一年)2月13日に、武蔵国榛沢郡血洗島村、現在の埼玉県深谷市血洗島において、渋沢市郎右衛門元助の長男として、誕生した。 母の名…

  • 【渋沢栄一】01.日本史上における渋沢栄一
    2021/02/13 00:09
    【渋沢栄一】01.日本史上における渋沢栄一

     日本人のビジネスマンであれば、渋沢栄一の名は、一度は、聞いたことがあるであろう。 2021年には、渋沢栄一を主人公とする、NHKの大河ドラマ、『青天を衝け』…

  • 日本史の「落胆」04 城内正装は不自由を優先
    2021/02/10 08:25
    日本史の「落胆」04 城内正装は不自由を優先

    ぼんやりと眺めていたTV時代劇にひょっこり登場していたのが、 裃(かみしも)姿の武士でした。 時代劇では割合よく見かける裃姿ですが、どういう加減かその時ばかりは 特別に奇異な服装に感じられたのです。  だって考えても御覧なさいヨ、早い話が、肩部分をあんなに突っ張らせる 必要がどこにある、っていうことです。  

  • 「宇宙戦艦ヤマト」船首形状の疑問 乗員が新選組・徳川・歴史敗者多い理由の考察
    2021/01/30 22:20
    「宇宙戦艦ヤマト」船首形状の疑問 乗員が新選組・徳川・歴史敗者多い理由の考察

    新年あけましておめでとうございます。 クリック協力お願いします。ツイッター@moriezokikorro 副アカウント等未作成 twi以外、掲示板 著名人ブロ…

  • 日本史の「油断」12 祖法大事で自縄自縛
    2021/01/30 07:33
    日本史の「油断」12 祖法大事で自縄自縛

    江戸幕府の創立者であり、初代将軍にも収まった徳川家康(1543-1616年)は それより少し前に主君・織田信長(1534-1582年)に対する家臣・明智光秀 (1528?-1582年)の謀反や、またその後の、これまた家臣であった羽柴秀吉 (後に豊臣姓/…

  • 探検456 江戸幕府の三日坊主
    2021/01/29 07:56
    探検456 江戸幕府の三日坊主

    「三日坊主」という言葉には、こんな説明がされています。~飽きっぽくて何をしても長続きしないこと。  また、そのような人のことを嘲っていう言葉~何事も「三日」ほどの短期間のうちに、すっかり飽きてしまう意味であることは分かりましたが、では「坊主」って? それ

  • 日本史の「言葉」32 毬遊びとどんど焼きと左利き
    2021/01/25 08:06
    日本史の「言葉」32 毬遊びとどんど焼きと左利き

    仲間うちでの雑談中にふとこんな言葉が飛び出しました。 「左ギッチョ」。 要するに左利きを意味した言葉です。 ところが、この言葉に対する仲間の反応は様々で、たとえばこんな具合。 A氏/完全に差別用語なのだから、仲間内でも使うべきではない。 B氏/このド田舎・尾張だけで通じる方言であるから、それ以外の人も    加わった場面では、普通に「左利き」との表現をすることが望…

  • 探検455 病身なれば二段構えで
    2021/01/22 07:46
    探検455 病身なれば二段構えで

    知名度としては、勝海舟(かつ・かいしゅう/1823-1899年)や、小栗忠順(おぐり・ただまさ/1827-1868年)には及ばないかもしれませんが、黒船来航(1853年)後の、いわゆる幕末期に活動した人物の一人に川路聖謨(かわじ・としあきら/1801-1869年)という人物がいます。旗

  • 日本史の「誤算」15 幕末騒乱は変則タッグ続き
    2021/01/20 11:50
    日本史の「誤算」15 幕末騒乱は変則タッグ続き

    敵味方の立場がコロッと入れ替わってしまうような一筋縄ではいかない 政治的な動きが、幕末には結構多く登場しました。 そうした出来事を並べ立てるなら、それこそ枚挙に暇がないので、そこで 断片的ですが、今回はそうした幕末の変則タッグを取り上げてみました。 時系列にはとんと頓着していませんので、その辺は悪しからずネ。 まずは、公武合体派であった薩摩・会津両藩が、過激な尊王…

  • 日本史の「災難」16 幕末の同時多発逆転劇
    2020/12/20 07:49
    日本史の「災難」16 幕末の同時多発逆転劇

    黒船来航(1853年)から大政奉還(1867年)くらいまでの15~16年間ほどの 期間を一般的に「幕末」と呼んでいます。 普通に考えれば「江戸幕府の末期」という意味なのでしょうが、その有様は まさに「激動の幕末期」と呼ぶにふさわしい状況を呈しました。 それが一番よく分かるのは、絵に描いたような「逆転劇」が…

  • 眞子さまと小室圭氏のご結婚問題に関する伊吹文明元衆議院議長の発言:ノブレス・オブリージュ
    2020/12/16 08:27
    眞子さまと小室圭氏のご結婚問題に関する伊吹文明元衆議院議長の発言:ノブレス・オブリージュ

    伊吹文明元衆議院議長は、ポピュリズムに流されず、国民から不人気になるようなことも敢えて発言する保守政治家で、「体罰全否定しては教育はできない」と発言して(平成25年(2013年)2月9日付各報道)して物議をかもしたことがあります。★★★ ★★★その伊吹文明元衆議院議長が、眞子さまと小室圭氏のご結婚問題に関し発言していました(令和2年(2020年)12月3日付各報道)。その報道の一部を引用すると以下の通り...

  • 探検449 キリスト教の日本語センス
    2020/12/11 07:41
    探検449 キリスト教の日本語センス

    キリスト教宣教師として、最初に日本に来た(1549年)フランシスコン・デ・ザビエル(1506頃-1552年)が、その布教活動において、ちょいとばかり首を傾げたことがありました。~唯一神である「デウス」を連呼したところで、その名を知らぬ  日本人にはどうも上手く伝ってお

  • 日本史の「列伝」15 頑迷者の花火とチョンマゲ
    2020/12/10 07:35
    日本史の「列伝」15 頑迷者の花火とチョンマゲ

    いわゆる幕末期に外様大名・薩摩藩を掌握していた人物が前藩主・ 島津斉彬(1809-1858年)の異母弟に当たる島津久光(1817-1887年)でした。  しかし、藩主ではありません。 前藩主・斉彬は、この久光の長男・忠義(1840-1897年)※を養子に迎え、 遺命を以て後継藩主とした…

  • 日本史の「言葉」31 朱子学じゃあ戦が出来ぬから
    2020/11/25 08:53
    日本史の「言葉」31 朱子学じゃあ戦が出来ぬから

    明治維新に大きな功績を果たした雄藩も実際にはそれぞれの事情を抱えて いました。 そうした事情は長州藩でも同様で、藩主・毛利敬親(1819-1871年)の下で、 改革派と保守派の2つの派閥が主導権を争っていました。 その各々の姿勢を追えば、改革派とは尊王攘夷・討幕派のことであり、 保守派とは幕府恭順派ということになります。 後には改革派は「…

  • 日本史の「災難」16 幕末貧乏くじを背負い込む
    2020/10/30 07:44
    日本史の「災難」16 幕末貧乏くじを背負い込む

    いわゆる「貧乏クジ」とは、平たく言えば「損な役回り」のことを意味し ますが、そういう役回り、あるいはそうした境遇に立った人物も歴史の中には 数多登場しています。 で、そういう「日本史の中の貧乏くじ」ということなら、筆者なぞにはすぐさま 松平容保の名が浮かんでくるところです。 こんな風に紹介されています。

  • 日本史の「忘れ物」29 身分に関する二三の用語
    2020/10/25 07:17
    日本史の「忘れ物」29 身分に関する二三の用語

    昔の人にとっては、至極“当たり前田の”常識だったのに、現代人にとっては イマイチ理解が及ばないというものも、実際には数多くあります。 人間社会の変化が歴史そのものであるという一面もありますから、ある意味では 止むを得ないことなのでしょうが、例えば「身分」なんて概念もそうしたものの 一つなのかもしれません。 明治以前つまり江戸時代には、そうした「身分制度」という概念…

  • 探検430 新政権は旧政権を罵るもの
    2020/07/31 17:05
    探検430 新政権は旧政権を罵るもの

    筆者が学校授業で学んだ頃の「江戸時代」の社会については、概ねのところあまり良い評価がされていませんでした。総じて、封建制・士農工商・鎖国・飢饉など、「薄暗いイメージ」で語られる内容が少なくなかったからです。しかし、学校授業から離れ、歴史に対して割合自由で

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