在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
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「その2」のつづきです。天守台から降りてきました。 「その2」で天守台の上から見た本丸西側の多門櫓台石垣を内側から見た写真です。 石段はのぼっちゃだめみた...
「その1」のつづきです。小浜城本丸跡に残る石垣を見て回りましょう。 まずは本丸南西隅にある天守台に登ります。上の写真は天守台東に続く登り口の石垣。打込み接...
福井県小浜市の日本海に面した場所に、かつて京極氏が築いた小浜城がありました。小浜市といえば、アメリカ大統領がバラク・オバマ氏だったとき、同名ということで何...
今日は【飛騨国】の山城 松倉城 の紹介であります。 場所は岐阜県高山市にある松倉山山頂にあり、なんとその標高が856.7mもの高所なのです。 またこの山城が凄いのがこんなに高い場所であ
今回は道南にある 松前城【蝦夷地】の紹介です。 今回の北海道の旅では念願であった日本最北の城であるこの松前城(※別名:福山城)を見ることができました。 天守は元国宝であったのですが、昭和24年
奈良県大和郡山市の近鉄橿原線筒井駅より北東一体に、かつて筒井城がありました。現在、その城跡は住宅地になっていて遺構はほとんど残っていませんが、その地形から...
信貴山城から東へ直線距離で約3km、椿井城から西へ約1kmのところに、かつて下垣内城と西宮城という2つの城が隣接していました。この2つの城は、確かな史料は...
「その1」のつづきです。椿井城跡最南端の曲輪に到着しました。はるか向こうに見えるのは、生駒山です。 案内板が設置されているようです。 案内板です。椿井城は...
信貴山城から東へ直線距離で約4kmのところに、かつて椿井城がありました。椿井城は、築城時期、城主に関する確実な史料が残っていないため、当初は在地土豪の椿井...
信貴山城から直線距離で南東約6km、立野城から南東約4kmのところに、かつて片岡城がありました。別名、下牧城とも呼ばれます。ここも、立野城と同じく信貴山城...
信貴山城から直線距離で約2km南東に、かつて立野城がありました。現在、城跡は住宅街として整備されてしまったため遺構は残っていませんが、奈良県生駒郡三郷町城...
前稿まで松永久秀の居城・信貴山城を攻めましたが、奈良県にはもう1ヶ所、松永久秀の居城がありました。奈良市内の中心地、東大寺からほど近い場所にあった多聞山城...
「その3」のつづきです。主郭跡まで攻略しましたが、信貴山城には主郭から北側に扇状に広がる東西550m、南北700mの城域に、大小120以上の曲輪が配置され...
「その2」のつづきです。雌嶽曲輪まで攻略したので、雄嶽の山頂にある信貴山城主郭を目指します。 前稿で紹介した鞍部からのスタートです。誘導板には信貴山城跡ま...
「その1」のつづきです。朝護孫子寺を参拝したので、信貴山城を攻め登りましょう。 上の写真は朝護孫子寺本堂から見た信貴山です。今からあの山を登ります。 登山...
大和国と河内国の国境にある生駒山系に属する標高433mの信貴山山上に、かつて信貴山城がありました。信貴山城は、戦国の三梟雄のひとりとして知られる松永久秀が...
「その2」の続きです。標高301mの瓜生山頂に登ってきました。 主郭西側の虎口跡と思われます。 微妙に喰い違い形状になっています。 主郭です。 将軍山城と...
「その1」のつづきです。狸谷山不動院の境内を抜け、いよいよ将軍山城跡のある瓜生山頂を目指します。 登山口には鳥居があります。山頂の主郭には幸龍大権現の社が...
京都洛中の鬼門にあたる北東、京都御所と比叡山を直線で結んだちょうど中間地点あたりにある標高301mの瓜生山頂に、かつて足利将軍家ゆかりの山城がありました。...
「二条城」といえば、世界遺産となっている徳川家康が築いた二条城を誰もが思い浮かべると思いますが、それ以前にも、京都には二条城がありました。あの織田信長が、...
前稿、前々稿で豊臣秀吉が京都に築いた幻の城、伏見城と聚楽第をめぐってきましたが、京都にはもうひとつ、まさに「幻の城」と言っていい秀吉の城がありました。令和...
前稿では豊臣秀吉が築いた伏見城跡を歩きましたが、今回は、同じく秀吉が築いた聚楽第跡を歩きます。聚楽第は天正13年(1585年)に関白となった秀吉が京の政庁...
京都の平安京から南に少し離れた伏見に、かつて伏見城がありました。伏見城は豊臣秀吉が築いた指月伏見城と木幡伏見城、そして関ヶ原の戦い後に徳川家康が再築した3...
「その5」のつづきです。山頂の八幡山城と麓の城館跡をめぐったあと、城下町を歩きました。近江八幡市の旧市街地だったこの城下町は、国の重要伝統的建造物群保存地...
「その4」のつづきです。鶴翼山(通称:八幡山)の山頂の八幡山城跡から下山し、その山麓にある豊臣秀次館跡を目指します。 秀次館跡は八幡公園の奥にあります。写...
日本最後の戦争
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾七
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾六
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾五
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾四
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾参
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾弐
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾壱
漢書
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百四拾
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百参拾九
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百参拾八
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百参拾七
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百参拾六
No.004【中国史の運命を決定した、殷周革命と劉邦の即位】弐百参拾五
「その3」のつづきです。八幡山城西ノ丸にやってきました。 北ノ丸と同じぐらいの広さがあります。西ノ丸からは琵琶湖が一望できます。 正面に見える小さな山は、...
「その2」のつづきです。八幡山城本丸を降りて、北西に向かって歩きます。 本丸下北東側の高石垣です。 見事な石垣ですね。 出隅は算木積みになっています。 5...
「その1」のつづきです。八幡山城二ノ丸跡の北西には、高石垣の壁が聳えます。 圧巻の高石垣です。 高さは7~8mあるでしょうか? こんな感じでずっと石垣が続...
滋賀県近江八幡市にある鶴翼山(通称:八幡山)の山頂に、かつて八幡山城がありました。ここは本能寺の変と山崎の戦い後に廃城となった安土城のわずか5kmほど西に...
「その3」のつづきです。玄蕃尾城主郭まで制覇したので、次は主郭北側の曲輪を攻めます。 写真は主郭北虎口です。 主郭南虎口と東虎口は切通虎口でしたが、ここは...
今日は近隣にある 守山城【尾張国】を紹介します。 場所は名古屋市守山区の矢田川沿いの河岸段丘上にあります。 築城したのは今川氏と言われておりますが、ここが歴史上で話題になったのはやはり俗に森山
「その2」のつづきです。いよいよ、玄蕃尾城の主郭跡に向かいます。 写真は主郭と馬出郭を結ぶ土橋と、主郭南虎口。立派な土橋です。 土橋の左右には、深い空堀が...
「その1」のつづきです。登山開始から約25分、玄蕃尾城跡に到着しました。 城跡南側に設置されていた説明看板です。玄蕃尾城は別名・内中尾山城とも呼ばれ、滋賀...
賤ヶ岳古戦場の賤ヶ岳砦や田上山砦から10kmほど北上した柳ヶ瀬山山頂に、かつて玄蕃尾城がありました。ここは、天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いにおいて...
「その2」のつづきです。前稿で田上山砦跡の主郭まで制覇しましたが、城域はまだあります。 主郭横に設置された縄張り図の看板です。④の方に進めば西郭、③⑤のほ...
「その1」のつづきです。上宮跡から少し登ると、「南堀切」と書かれた立て札が目に入ります。どうやら、このあたりから田上山砦の縄張りが始まっているようです。 ...
賤ヶ岳から直線距離で3kmほど東にある標高323mの田上山山頂に、賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉の本陣となった田上山砦がありました。田上山城、田神山城、木之本城と...
2022.4.23 探訪 松本城の内堀あたりをぶらりした写真です。時刻は16:50。この時間帯に見るお城の写真も味わい深くて良いですね。松本城高麗門。再びお城の景色。赤い橋は「埋橋(うづみばし)」と呼ばれるもの。江戸時代には無かったもので後の時代に架けられた橋。よく撮影されるが、文化的価値はない。白鳥がいました。その時、近くにいた親子の会話がおかしかった。チビッコ:「ママー!白鳥いたよ!白鳥ー!」母親:「ちゃう...
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。