在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
"大坂冬の陣"開戦!木津川口砦、鴫野古戦場跡、野田城址など「古戦場跡」をめぐる
<膳所城(4)>の”城門”を巡るー草津市の”鞭崎神社”、遠く泉大津市の”細見邸”へ移築
<膳所城(3)>の”城門”を巡るー”新宮神社””近津尾神社””御霊神社”に移築されている城門
<膳所城(2)>の”城門”を巡るー”膳所神社”に3門が移築、”和田神社”には藩校門が移築
<膳所城(1)>の”城門”を巡るー摸擬”大手門”だけでなく移築現存の”犬走り門””北大手門”
<永原御殿>の”城門”を巡るー徳川三代が上洛時に宿泊、休憩に使用した御殿の移築門
掛川市のT様は徳川家康公の高級兜ケース飾り
【静岡・久能山東照宮】60歳からの御朱印めぐり〔100/541〕
【静岡・駿府城公園】おでん食べ 黄葉漫歩 また楽し|61歳からの庭園めぐり(no.02)
『歴史探偵』家康の開国
日光社参と日光東照宮(2)
城ぶら「茨木城」!秀吉恩顧の重臣・片桐且元失脚…大坂城を追われ茨木城へ退去
日光社参と日光東照宮(1)
浜松市中央区のS様は蒔絵 名前旗 端午の節句
浜松市中央区のS様は秀月オリジナル徳川家康公の鎧飾り
「その2」のつづきです。登山をはじめて約40分、ようやく黒井城本城の東曲輪に到着しました。パンフレットによると、東曲輪の広さは20m×15mだそうです。 ...
「その1」のつづきです。黒井城跡の登山口にやってきました。ここに車を停めて、ここから登山です。 駐車場には、明智光秀と赤井(荻野)悪右衛門直正の戦いを紹介...
兵庫県丹波市にあった黒井城は、戦国時代、豪勇をうたわれた赤井(荻野)悪右衛門直正の居城として知られています。天下統一を目指していた織田信長の丹波攻めの際、...
「その2」のつづきです。宇佐山城主郭の北側にある三ノ郭に向かいます。 上の写真は主郭北側の階段。前稿で紹介したとおり、主郭にはNHKの中継設備が建てられて...
「その1」のつづきです。二ノ郭の一段下の郭のさらに下に降りてみると、立派な高石垣が残っていました。 これは素晴らしい! こっちの角度からも。 前が狭いので...
琵琶湖の南西、近江国と山城国を隔てる比叡山塊の南に位置する標高336mの宇佐山山頂に、かつて宇佐山城がありました。宇佐山城は織田信長が森可成に命じて築かせ...
苗木城 (1)1 ~石畳を踏みしめ風吹門へ~<苗木城とは>加藤景廉を祖先とする遠山氏の居城で天文年間に遠山直廉によって木曽川沿いに築かれました。本能寺の変後の1582年には遠山は徳川についていたために羽柴秀吉の影響下にあった森長可に攻められて落城し、川尻秀隆が城代として入城しました。関ヶ原の戦いで東軍に属した遠山友忠は苗木1万5000石を与えられ以後12代にわたってこの地を治めました。まずは麓にある...
在野の研究者の歴史書から学んだ結果をまとめたもの
日野市および周辺の地域情報や歴史にまつわる話を取り上げています。
日本100名城・続日本100名城に関する記事なら何でもOKです
親鸞
令和3年(2021年)の大河ドラマ「青天を衝け」を応援しましょう。
ガイドブックに載っていない、ローマの観光スポットを歴史とともに語る。
夫余(ふよ、朝鮮語: 부여、拼音: Fúyú、正字体:夫餘)は、現在の中国東北部(満州)にかつて存在した民族およびその国家。扶余(扶餘)[1]とも表記される。 https://ja.wikipedia.org/wiki/夫余
町奉行・寺社奉行・公事方勘定奉行、自身番屋・辻番・木戸番、火付盗賊改、関東取締出役、目明し・岡っ引き・手先、囚獄、評定所などに関するトラバ用テーマです。
私が書き残しておかなければ、永遠に埋蔵金が発掘されないであろうと思い、気力と体力のあるうちに30数年前に埋蔵金の研究をしたことを記載する。当時、埋蔵金発掘番組が世間を騒がしていたことを記憶されている方もおられると思うが、日本トレジャーハンティングクラブの代表として、TV局に番組の修正を依頼した経緯なども付け加えておく。
戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。