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- 09/06/03 10:12中国・清末、アメリカ聖公会の中国伝道
- 日本・明治初期に、立教大学や聖路加病院等を設立したアメリカ聖公会は、ほぼ同じ時期に中国でも聖約翰大学(St. John's University)等を設立している。当初、日本伝道...
- 私の研究日記
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- 09/06/02 21:46旅に出ました〜その4〜
- さてさて、長かった旅も最終日となりました。終わってみると寂しいものですね。今日は、高知でのお話です!松山市から高知市に向かうわけですがこのルートには'''坂本龍馬...
- サラリーマン日記
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- 09/06/02 21:46旅に出ました〜その3〜
- 九州からフェリーで2時間40分!生まれて初めて上陸した四国・八幡浜から車で数時間…(寝てました…。)'''やって来ました松山市!!'''困ったことが!!!宿泊...
- サラリーマン日記
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- 09/06/02 21:46旅に出ました〜その2〜
- 昨日からお話してますが野暮用でちょっと旅にでましたよー。今日は、大分でのお話大分での感想…。テレビのチャンネルが訳わからん!!朝からめざましテレビを探せず&...
- サラリーマン日記
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- 09/06/02 21:46旅に出ました〜その1〜
- ちょっと野暮用で!そう!ちょっと野暮用で旅に出るとこになりました。目的地は'''四国高知'''!!初めての四国です。ダイナマイト四国vsエスカルゴマン 2005シッコクシッ...
- サラリーマン日記
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- 09/05/23 05:19龍馬伝 坂本龍馬と大浦お慶 〜緑茶といえば大浦のお慶〜
- <編集中>幕末期、欧米人もよく飲んでいたのがウーロン茶や緑茶です。砂糖やミルクを入れて飲んでいたといいます。抹茶ミルクや抹茶ソフトクリーは現代でも好まれています...
- 龍馬 ひねもす よもすがら
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- 09/05/23 05:19龍馬伝 坂本龍馬と大浦お慶 〜緑茶といえば大浦のお慶〜
- <編集中>幕末期、欧米人もよく飲んでいたのがウーロン茶や緑茶です。砂糖やミルクを入れて飲んでいたといいます。抹茶ミルクや抹茶ソフトクリーは現代でも好まれています...
- 龍馬 ひねもす よもすがら
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- 09/05/23 05:19龍馬伝 坂本龍馬と大浦お慶 〜緑茶といえば大浦のお慶〜
- <編集中>幕末期、欧米人もよく飲んでいたのがウーロン茶や緑茶です。砂糖やミルクを入れて飲んでいたといいます。抹茶ミルクや抹茶ソフトクリーは現代でも好まれています...
- 龍馬 ひねもす よもすがら
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- 09/04/08 00:24ひかわきよしの話 氷川清話〓
- '''氷川清話(ひかわせいわ) 〓 '''氷川清話 講談社学術文庫 江藤淳・松浦玲編 「氷川清話」は勝海舟の談話記録です。3年ぶりに読みました。勝は明...
- 龍馬 ひねもす よもすがら
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- 09/03/31 01:45日の丸と君が代
- 一昨日の日曜日、家族旅行で、江田島へ行ってまいりました。 戦前の海軍兵学校がありま
- 郎女迷々日録 幕末東西
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- 09/03/20 02:17幕末明治の洋菓子
- ようやく青色申告も終わり、いいかげんお部屋の整理をしなければ、頭の整理もできない、
- 郎女迷々日録 幕末東西
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- 09/03/12 00:11幕末の甘味
- 東京には、江戸時代当時の建物はまず残っていません。それは空襲や震災に因るためですが、
- Go Plain!
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- 09/03/11 14:54せつない手紙 慶応三年五月二十八日 お龍宛て
- 鞆殿 猶、先頃土佐蒸気船 夕顔と云船が大阪より参り候て、其ついでに御隠居さまより後藤庄次郎こと早々上京いたし候よふとの事、私しも上京してくれよと、庄次郎申おり...
- 龍馬 ひねもす よもすがら
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- 09/03/05 00:19長州ファイブ…だったのに(泣笑)
- 映画「長州ファイブ」が製作されていると聞いた時は、ふ〜ん…程度しか興味がありませんで
- Go Plain!
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- 09/02/24 00:03最後の将軍の弟 22
- よく知られているように、榎本ら脱走軍を「authorities de facto」と認めたのは、11月に横浜から箱館に派遣された英仏軍艦の両艦長だった。この時点で「デ・ファクト(...
- 小説の孵化場
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- 09/02/21 13:05最後の将軍の弟 21
- さてところで「昭武は箱館に行くことになった」と書いて、「行った」とは書かなかった。そのことについて述べなければならない。 宮永孝氏は前掲『プリンス昭武の欧州紀...
- 小説の孵化場
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- 09/02/18 23:12最後の将軍の弟 19
- マルセーユを発って54日後、船は揚子江河口にあるウーソンに着いた。上海北方の町である。小さな船に乗り移って上海まで行き、その夜はフランス系のホテルに泊まった。...
- 小説の孵化場
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- 09/02/17 19:24最後の将軍の弟 18
- 昭武がフランスを離れるのは慶応4年9月4日になった。 明治改元の4日前である。 帰国にいたるまでの経緯は割愛するが、朝廷からも再度の帰国命令が届いていた。 帰...
- 小説の孵化場
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- 09/02/15 14:20最後の将軍の弟 17
- さて、「ヴィレットはよほどこの少年が気に入っていたと思われる」と前に書いた。ヴィッレトはこんどはル・アーブルで開かれていた海洋博覧会へ昭武を誘ったのである。ヴ...
- 小説の孵化場
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- 09/02/12 21:40最後の将軍の弟 16
- 昭武の旅は10日間続いた。 シェルブールからカーン経由でル・マンへ。ル・マンからブルターニュ地上に入り、そしてロワール河畔の都市ナントへ。 昭武のフランス語日...
- 小説の孵化場
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- 09/02/12 00:05最後の将軍の弟 15
- ヴィレット中佐が最初に案内したのは、映画「シェルブールの雨傘」で私たちにもなじみのある、あのフランス西北部の港湾都市だった。 昭武のお供は、渋沢栄一と水戸藩の...
- 小説の孵化場
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- 09/02/10 23:36坂本龍馬の説明書
- ブラックホール龍馬の頭脳はブラックホールそのもの。ブラックホールは宇宙の物質の究極的な吸込口であり、どんなものもそこから出ることはできず、ガスや星を飲み込んで質...
- 龍馬 ひねもす よもすがら
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- 09/02/10 22:54最後の将軍の弟 14
- その後の昭武の日記を見てみよう。 慶応4年14日(西暦では5月6日)付。「今日 日本より之手紙着す。但大に悪新聞也」 当日、慶喜恭順の報が届いたようである。 ...
- 小説の孵化場
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- 09/02/10 00:17最後の将軍の弟 13
- ここで渋沢栄一の養子平九郎の手紙に触れておこう。 3月8日付でパリの渋沢栄一に宛てたその手紙に昭武の名が書かれているからである。以下は渋沢華子氏の著書(前掲)...
- 小説の孵化場
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- 09/02/08 22:29最後の将軍の弟 12
- 昭武が兄慶喜の大政奉還を知った日、つまり慶応3年1月3日は、鳥羽伏見の戦いが勃発した日だった。当時の通信事情では、これだけの時間のずれがあるわけだが、風雲急を...
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- 09/02/05 21:58最後の将軍の弟 11
- 大政奉還のニュースがパリに届いたのは慶応4年1月2日だった。 経費節減のため一足先に日本に帰っていた杉浦愛蔵(外国奉行支配調役)が渋沢栄一に手紙で知らせたので...
- 小説の孵化場
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- 09/02/04 23:26最後の将軍の弟 10
- さて、話を戻さなければならない。 慶応3年8月6日、西暦では秋の9月3日になるけれど、パリは晴れていた。早朝6時に昭武ら一行はペルゴレーズ街の借家を出て、列車...
- 小説の孵化場
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- 09/02/03 06:50最後の将軍の弟 9
- パリ万博が終われば、昭武一行は、条約を結んだ欧州諸国を歴訪しなければならなかった。なにしろ昭武は「大君」の弟にして、代理である。パリでの宮廷外交ばかりでなく、...
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- 09/01/30 21:45最後の将軍の弟 8
- パリ万博の前年すなわち慶応2年の夏に、幕府はフランスと600万ドルの借款契約を結んでいた。第二次長州征討がらみで、幕府としては軍備増強の必様に迫られていた。莫...
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- 09/01/28 20:22最後の将軍の弟 7
- 向山がエラール立会いのもとに「薩摩の影武者」(渋沢華子氏の形容)モンブランと会ったのは、パリに到着して一週間以上経ってからだった。もっと早く会うか、それともモ...
- 小説の孵化場
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- 09/01/26 23:05最後の将軍の弟 6
- 昭武一行がパリに着いたのは慶応3年3月7日(西暦4月11日)の夕刻だった。 にわか雨が降った、と昭武は日記に書いている。夜、カションと小出大和守(外国奉行)と...
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- 09/01/25 21:12最後の将軍の弟 5
- ざて、そのモンブランについては当時の日本総領事エラールがパリから駐日フランス公使ロッシュに宛てた手紙(注)で酷評していた。「…薩人一行の方にては、モンブ...
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