亀ヶ谷坂(かめがやつざか)北鎌倉駅から英勝寺に向かって歩く
源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉に幕府を開いた大きな理由は、南は海に北東西は山に囲まれ敵の侵入を防ぎやすい地形だったからと言われ、そこで物資運搬にために山などと切り開いて造った道が切通しです。亀ヶ谷坂は鎌倉7つ口と呼ばれる7か所の切通しの一つで扇ヶ谷と山ノ内を結ぶ急坂で、先は武蔵の国に通じる道だったそうです。 亀ヶ谷坂の六地蔵は、亀ヶ谷坂のピークあたりにやぐらっぽくなっているところがあり、1つの岩に六地蔵が彫り込まれているもので、あまり見かけないタイプの六地蔵です。 岩船地蔵堂(いわふねじぞうどう)は、鎌倉市扇ガ谷3丁目にあるお堂で、源頼朝の長女・大姫(おおひめ)を供養する岩舟地蔵尊が祀られてた地蔵堂と伝わり、江戸時代初期の1691年に、地蔵堂ができたそうです。 智岸寺稲荷(ちがんじいなり)は岩を削ったスペースに小祠がある、一風変わった作りとなっています。か..