ブログみるアプリ
日本中の好きなブログをすばやく見られます
無料ダウンロード
ブログ村とはIDが異なります
「歴史」カテゴリーを選択しなおす
知将、謀将、軍師、名将、英雄だと思う人たちを独断で推薦してください 日本史、世界史、架空の名将(山本勘助とか)でも可とします
■善篤寺【曹洞宗】
地元の著名なお寺などに寄りながらの帰り道
■神明社(中川区元中野)【尾張国】
■源通寺【真宗大谷派】
■長圓寺【真宗大谷派】
■八劔社(※中川区五女子)【尾張国】
■斎宮社(※熱田区切戸町)【尾張国】
■八幡社(※中川区牛立)【尾張国】
■四門寺【臨済宗永源寺派】
■白山社(中川区二女子町)【尾張国】
■熊野神社(※二女子町)【尾張国】
■祐正寺【真宗大谷派】
■洞光院【臨済宗妙心寺派】
■長栄寺【法華宗本門流】
■福田寺【臨済宗妙心寺派】
旅20 / 老いの小文 六の④
茶話181 / 老いの小文 六の③
畑199 / 畑の法則
畑194 / 彼岸
畑196 / 健気
畑197 / 根本
茶話178 / まいどおおきに!
茶話177 / なのはな
茶話176 / はーくしょん!
茶話175 / ヘィークション!
畑193 / 花は咲く
茶話174 / もこもこ
茶話173 / 雨
畑192 / はーやくこい
茶話172 / 飴ちゃん
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」⑧鶴岡八幡宮別当公暁
前述の通り、源頼朝の嫡男、第二代の鎌倉殿の源頼家には、一幡、善哉、栄実、禅暁の四人の息子と娘の竹御所がいた。 源実朝にとって、甥、姪に当たる。 比企能員の娘…
気になるブログをフォロー!
登録は不要で無料で使えます
フォローできる上限に達しました。
新規登録/ログインすることでフォロー上限を増やすことができます。
フォローしました
リーダーで読む
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」⑦源実朝の右大臣任官
前述の通り、源実朝は、大江広元に対して、源氏の正統な血統は、自分の代で終わり、子孫が継ぐことはないと述べており、生涯、子供ができないことを自覚していたと思え…
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」⑥源実朝の官位上昇
前節、「北条義時」と、本節「源家滅亡」は、年代順に記述していない。 最大の理由は、源実朝の治世を年代順に記述すると、一節では、収まらなくなり、特に、和田義盛…
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」⑤源実朝の渡宋計画
1213年(建暦三年)5月3日、和田義盛の乱が、鎮圧されると、戦後処理が行われた。 同年9月19日、日光山別当の法眼弁覚が、大夫阿闍梨重慶が、謀反を企ててい…
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」④源仲章
北条義時は、1205年(元久二年)閏7月の牧氏事件によって、父の北条時政を追放し、第二代執権の座に就いたことは、既に述べた。 父の時政の性急な権力独占が、多…
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」②東重胤
前述の通り、源実朝は、1203年(建仁三年)9月、十二歳の年、征夷大将軍に任官した。 当初、外祖父の北条時政が、執権として、実権を握っていたが、牧氏事件によ…
【武都】章『天地鳴動』編「源家滅亡」①日本史上における北条政子
日本人の歴史教科書と言われる、NHKの大河ドラマは、2024年までの六十三作までに、北条政子、豊臣秀吉の妻のねね、川上貞奴、春日局、日野富子及び、前田利家の…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑫和田一族の滅亡
1206年(建暦三年)5月3日、朝比奈義秀は、鎮西の住人である、小物資政を討ち取り、土屋義清、古郡保忠と、三騎、轡を並べて、敵陣に突入すると、将軍の軍勢を攻…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑪朝比奈義秀
年(建暦三年)5月2日午後六時、和田軍は、一斉に大倉御所を襲撃して、御所を警護する、将軍の軍勢、北条泰時、北条朝時、足利義氏等の兵と合戦に及んだ。 そして、…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑨三浦義村の思惑
北条義時の思惑とは異なり、将軍の源実朝は、泉親衡の乱は、終焉し、危機は去ったと認識していた。 泉親衡の乱の目的は、北条義時の打倒であり、将軍の源実朝ではなか…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑧和田朝盛
1213年(建暦三年)3月9日、源実朝の意向の名目によって、和田義盛の一門、九十八人の面前で、北条義時の郎党、金窪行親、安東忠家は、和田胤長を二階堂行政に引…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑦和田胤長
泉親衡の乱に参加していたのは、和田義盛の四男の和田義直及び、五男の義重、そして、和田義盛の弟、義長の息子の胤長である。 三人が、泉親衡の乱に参加したのは、武…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑥和田一族
泉親衡の乱は、首謀者の泉親衡の逃亡及び、その与同者達の配流及び、恩赦によって、終焉を迎えた。 しかし、泉親衡の乱は、鎌倉の武家政権の草創以来の最大の内乱の発…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」⑤泉親衡の乱の顛末
千葉成胤が、安念を北条義時に引き渡した。 義時の郎党である、金窪行親の尋問の結果、安念は、謀反の全容を自白した。 首謀者は、泉親衡、与同の武士は、張本百三十…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」④泉親衡の乱
源実朝は、北条義時が、自身の郎党を武家政権の御家人に列することを認めなかった。 義時の嘆願を却下したため、実朝は、和田義盛の上総介への推挙を認めることができ…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」③和田義盛の願望
1209年(承元三年)5月12日に、源頼朝の挙兵以来の功臣下、侍所別当の和田義盛が、上総介任官の推挙を源実朝に求めた。 和田義盛は、三浦義明の孫であり、三浦…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」②新古今和歌集
源実朝は、1203年(建久三年)の比企氏の乱の動乱と共に征夷大将軍に就任し、二年後の1205年(元久二年)、畠山重忠の乱及び、牧氏の変が、勃発している。 源…
【武都】章『天地鳴動』編「北条義時」①日本史上における北条義時
2022年の大河ドラマ、『鎌倉殿の13人の』主人公は、北条義時である。 後世、鎌倉幕府と呼ばれる、武家政権の構築者、政治的天才の源頼朝及び、瞬く間に、平家を…
【武都】章『鎌倉騒乱』編「源実朝」⑩宇都宮朝綱の失脚
1205年(元久二年)8月7日、牧氏の変の翌月、下野国の有力御家人、宇都宮朝綱が、謀反を疑われた。 宇都宮頼綱は、宇都宮業綱の息子で、宇都宮朝綱の孫に当たる…
【武都】章『鎌倉騒乱』編「源実朝」⑨牧氏事件
源頼朝は、「坂東武士の鑑」として、畠山重忠に、「頼朝の後胤」を護ってくれるように、慇懃の詞を尽くしていた。 しかし、畠山重忠は、比企氏の乱の際、妻の父、北条…
【武都】章『鎌倉騒乱』編「源実朝」⑧平賀朝雅の院昇殿
平朝雅は、源義光の四男、源盛義の孫である。 源義光の長男の義業は、常陸国の佐竹氏、次男の義清は、甲斐源氏の祖となり、佐竹氏及び、甲斐源氏は、治承・寿永の乱の…
【武都】章『鎌倉騒乱』編「源実朝」⑦牧の方
牧の方は、北条時政の後妻で、北条政子、北条義時、阿波局、北条時房の継母である。 北条時政は、1138年(保延四年)の生まれのため、1180年(治承四年)の源…
【武都】章『鎌倉騒乱』編「源実朝」⑥稲毛重成の誅殺
北条義時は、畠山重忠討伐に疑念を抱く、御家人達を見て、事実関係を確認していった。 父の北条時政が、言葉を失い、畠山重忠の謀反は、冤罪であると証明されたが、源…
2022年09月 (1件〜50件)