戦後GHQは昭和三年から昭和二十年までに刊行されていた書物のうち7769点を指定し、本屋などで流通していた書籍を没収・廃棄し、戦後の日本人に読めなくしました。 どのような書籍が没収されていたかを調べると、軍国主義的な書籍よりも圧倒的に多いのは、戦勝国にとって都合の悪い史実などが書かれた本であることが分かります。 GHQ焚書は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、3割程度の本がネットで公開されています。実際に読んでみると、戦後詳しく知らされてこなかった史実などが満載です。
<徳島藩由良藩邸>の”城門”を巡るー徳島藩主”蜂須賀家”が参勤交代時に宿泊した藩邸の門
<平福陣屋・利神(りかん)城>の”城門”を巡るー利神城廃城後の御殿邸門と陣屋代官支配時の門が残る
<水堂代官所>の”城門”を巡るー今は無き代官所門を懐かしく掲載しました!
<船上(ふなげ)城>の”城門”を巡るー明石城前に移築された”織田家長屋門”として残る
<姫路城(9)>の”城門”を巡るー太鼓門脇に建ち上山里丸への入口となっている”りノ門”
<姫路城(8)>の”城門”を巡るー搦手道に並ぶ高麗門形式の”とノ二門””とノ四門”
<姫路城(7)>の”城門”を巡るー公開時に目にできる高麗門の”へノ門”と棟門の”ちノ門”
<姫路城(6)>の”城門”を巡るー天守群に入る関門”水五ノ門””水六ノ門”は渡櫓と一体で国宝
<姫路城(5)>の”城門”を巡るー桝形構造で埋門形式の”水三ノ門””水四ノ門”が並ぶ
<姫路城(4)>の”城門”を巡るー井戸から水を汲んで”水一ノ門””水二ノ門”を経由
<姫路城(3)>の”城門”を巡るー埋門形式の”ほノ門””るノ門”に帯の櫓台下から腹切丸への埋門
<姫路城(2)>の”城門”を巡るー”菱ノ門”を潜ると高麗門形式の”いノ門""ろノ門”が並び建つ
<姫路城(1)>の”城門”を巡るー三の丸の出入口に建つ立派な復元”大手門”
<赤穂城(後編)>の”城門”を巡るー塩屋門が移築された花岳寺山門、現存屋敷門、復元大手門など
<赤穂城(前編)>の”城門”を巡るー本丸出入りの2門と二の丸を分断する西仕切門が復元
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