城・宮殿 注目記事ランキング

  • 更新時刻:18/09/22 10:30現在
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1位
むぎさん
  • 情報提供織田の御馳走門 むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 【織田の御馳走門】おだのごちそうもん【別名】―【構造】薬医門・四脚門【築門者】織田氏【築門年代】江戸時代初期【指定史跡】町指定史跡【場所】甘楽郡甘楽町大字造石105 織田信長の二男信雄に大和国宇陀郡3万石と上州小幡2万石が与えられ、1616年(元和2年)に信雄の子信良が福島の仮陣屋に入りましたが、43歳で死去。嫡男信昌が2歳で相続しましたが、幼い為信雄の四男織田出雲守高長が後見役となりました。3代

2位
よかとこさん
  • 情報提供祭りの花 神幸行列 くまもとよかとこ案内人の会よかとこさんのプロフィール
  • 朝の神幸を朝随兵(あさずいびょう)、夕の神幸を夕随兵(ゆうずいびょう)と言い、それぞれ出陣の構え、帰陣の備えを表したものと伝えられています。“ど〜ん!ど〜ん!”太鼓の合図とともに卯の刻(午前6時)御神幸は出発、御神輿(ごしんよ)、百騎の随兵と長柄の武者の列、ジャ〜ン!どん!ヒィ〜ライロ、ヒィ〜ライロ、独特の楽を奏しながら新町の獅子舞が、伝統の舞を披露して進み、最後尾が呼び物の飾り馬、、ラッパ、太鼓

3位
ひろまるWEBさん
  • 情報提供江戸東京博物館(1)江戸のお城と町へ タイムトラベル! ひろまるブログ/勝手に紹介!歴史スポットひろまるWEBさんのプロフィール
  • こんにちは、ひろまるです。? 今回 “勝手に紹介” する歴史スポットは、先日仕事で東京に行った際に立ち寄った「江戸東京博物館」です。 江戸東京博物館は、江戸・東京の歴史と文化、そこに暮らす人々の生活を楽しみながら学ぶことができる博物館。前から見たいと思っていましたが、やっと行くことができました! それでは、ひろまるの「江戸東京博物館」訪問記、スタートです。 〜? 今回やってきたのは、東京・両国
4位 オレンジさん
  • 情報提供続日本100名城・土浦城址へ オレンジの普通でハッピーライフ♪オレンジさんのプロフィール
  • 土浦城址 残りの青春18きっぷを利用して出掛けた関東日帰り旅。前回は土浦で撮影した色々を記事にしましたが、今回は、土浦城跡をまとめて記事にします。土浦駅(西口)から徒歩15分くらいのところに土浦城跡は残っており、現在は亀城公園として整備されています。 旧前川口門 太鼓門本丸正面の大手門となる太鼓門(櫓門)。1656年(明暦2年)に改築された櫓門は、本丸にある櫓門としては、関東に現存するものとしては唯一
5位 バイソンさん
6位 ゆめこさん
  • 情報提供<br />2018年9月11日、県立美術館前からの大小天守《熊本城復旧状況》 九州・旅・グルメゆめこさんのプロフィール
  • 2018年9月11日撮影県立美術館前からの大小天守県立美術館の前から撮影。天守とかなり離れるけど、ここからの見える天守も好きです。熊本城の天守は近くで見るのもいいけど、離れて見るのもいいのよね。木が邪魔なの・・・。木がなければ、大小天守と宇土櫓がもっとよく見えるのに。清正公が造ったころはこんなにたくさん木はなかった。軍事施設だからこんなに木があったら敵に入りこまれてもわからないからね、もっとすっきりして
7位 城新聞さん
  • 情報提供天の蛍 城新聞城新聞さんのプロフィール
  • 以前、654号江美城の回で紹介した歴史小説「天の蛍」を読んでみました。舞台は、1560年ごろの鳥取県の大山の麓、江尾の城下町。勢いに乗る毛利氏と徐々に衰退する尼子氏の間で、主人公の踊り子波留をはじめ、江尾城主の蜂塚右衛門尉らが自分の信念と向き合いながら、それぞれどう生きていくのかが描かれた物語です。主人公の波留の他、一部架空の人物が登場しますが、歴史上の人物らと触れ合う姿を通して、当時の江尾城や月山富田
8位 あもさん
9位 城攻め日記さん
  • 情報提供茨城県行方市 小高城跡 城攻め日記城攻め日記さんのプロフィール
  • 行方市小高城跡。こちらも、公共の交通機関での訪問は難しいと思われます。常光寺背後の小高い丘陵部分に、遺構が散在します。駐車場に車を置かせていただき、背後の山林を直登した先にある堀切です。横堀が続いています。ウチミジョウと呼ばれる曲輪を囲む横堀です。この辺りは比較的、見やすい状態ですが、いちぶ、藪が濃い場所もあります。このように。ここは、虎口かもしれません。こちらも曲輪跡ですが、一面の農地になってい
10位 おりんぽすさん
  • 情報提供東大大講堂(安田講堂)設計 城郭模型製作工房おりんぽすさんのプロフィール
  • 途中で護摩壇を挟みますが東大大講堂の製作です。頭をぐんと近代に切り替えて。図面の原寸調整も細心の注意の下終わり、立面と断面もピッタリ合います。立面、断面、平面を総動員して設計開始。水平垂直が命になって来るので、建物の芯はレーザーカットに出します。パーツ(一部)です。部材の厚みを考慮しないといけないので、これがなかなか頭を使います。最後まで響く大切な工程なので、今日は一日中パソコンにかじりつきっぱ
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11位 ゆめこさん
  • 情報提供2018年9月8日、西大手櫓門、元太鼓櫓解体のための安全対策《熊本城復旧状況》 九州・旅・グルメゆめこさんのプロフィール
  • 2018年9月8日撮影西大手櫓門、元太鼓櫓解体のための安全対策西大手櫓門に続く土橋の手間に白い板のようなものが立てられました。これは今後はじまる西大手櫓門と元太鼓櫓の解体工事のための安全対策と思われます。でも、まさかこんな風になるとは(@_@)近寄れないはわかっていましたが、ここまでシャットアウトされるとは。解体工事が見えるのでは、と期待していたのですが、これは見えませんね。端っこからかすかに元太鼓櫓が見え
12位 ゆめこさん
  • 情報提供2018年9月5日、通町筋から見た熊本城天守《熊本城復旧状況》 九州・旅・グルメゆめこさんのプロフィール
  • 2018年9月5日撮影通町筋から見た熊本城天守2018年9月5日、通町筋から見た熊本城天守《熊本城復旧状況》通町筋から見える熊本城の姿は地震前と変わらない。クレーンがなければここから見える熊本城は地震で大きな被害を受けたと思えない。2016年4月の熊本大地震から2年4か月。ここまでよく頑張ったと思います。ここまで順調に復旧が進んだと思います。この調子で順調に行くといいな。それを願うのみです。たいして変わり映えしない
13位 piglet01さん
14位 バイソンさん
  • 情報提供城を観る《二条城》 城を観るバイソンさんのプロフィール
  • 《二条城》[読み方]にじょうじょう[別名称]元離宮二条城、旧二条離宮[所在地]京都府[城分類]平城[築城主]徳川家康[築城年]1603年(慶長8年)(北中仕切門)(清流園)(東南隅櫓)(二の丸御殿)(本丸御殿)(本丸西の石垣)[登城日]2015/11/05にほんブログ村二条城を極める864円Amazon
15位 播磨河内守さん
  • 情報提供龍松山城跡 なんとなく城跡巡り播磨河内守さんのプロフィール
  • 所在地:和歌山県西牟婁郡上富田町市ノ瀬別名:築城年:天文年間(1532年〜1555年)築城主:山本忠行廃城年:不明主な城主:山本氏遺構:曲輪・土塁・空堀・堅堀・堀切・説明板指定文化財:町指定史跡 訪城日:2018年8月12日(日)晴所要時間:主郭まですぐ駐車場:二の丸に駐車出来ます。竜松山城は南北朝時代の豪族山本忠行が櫟原荘(一之瀬に改める)に移り住み天文年間(1532年〜1555年)に城を構えたとの説がありますが、
16位 hidさん
  • 情報提供坂八幡宮 マツダスタジアム ZRX1200Sツーリング城hidさんのプロフィール
  • 野球観戦に行ってきました。関連会社のお誘いなので良い席です。午前中雨だったので心配でしたがゲーム開始。最後のウォーミングアップスタジアムのすぐ後を新幹線が通ります。外野2階の一画のみ中日ファンがいます。超満員 9割以上の人がカープのユニフォームを着ています。試合は7-5で中日の勝利坂八幡宮呉豪雨で被害が出た地区です。文政の大狛犬吽阿の配置 吽形      大きな巻き毛迫力ある対です阿形 文政九年(1826
17位 noboseriさん
  • 情報提供江戸3大大火と合計特殊出生率の因果関係⑦ 足軽日誌noboseriさんのプロフィール
  • まとめ江戸城を含め江戸の面積半分を焼失した明暦の大火「喧嘩と火事は江戸の華」ともいわれるほど多く発生した火災。天和の大火で焼け出されたお七さんが丙午生まれであったことをきっかけに、その283年後の昭和41年の新生児出生数が激減。一時的に回復し、人口のピラミッドが壺型になった。しかし日本の人口は平成以降、人口置換水準を下回る数値で推移している。このままでは日本の人口はますます減少の一歩をたどっていくこと
18位 竹さん
  • 情報提供★ 城郭探訪 久保田城その2 ★ 〜未知なる城を求めて〜城郭研究ノート竹さんのプロフィール
  • 秋田の久保田城、続きです。本丸から表門。本丸はなかなか広いです。本丸内も紅葉がきれい。埋門跡。本丸西側の多聞長屋跡。御隅櫓。もちろん模擬ですが、本来は2階建ての櫓があったそうです。別角度から。こっちから見ると、より模擬感が(笑)帯曲輪門。枡形しっかり残っています。帯曲輪門を抜けると帯曲輪があります。こういうのがよく残っているんですよね。ほぼ一周してきて、本丸の裏門。裏門とはいいながら、表門と同じ方
19位 minoyanさん
20位 安土桃太郎さん
  • 情報提供佐倉城にゆく 其の五:三ノ丸跡広場 廃城にゆく安土桃太郎さんのプロフィール
  • 千葉県佐倉市にあります佐倉城址です。今回は三ノ丸跡よりスタートです。三ノ丸にある茶室の三逕亭(さんけいてい)です。京都大徳寺の塔頭、孤蓬庵の茶室・忘筌(重要文化財)を模したものであり、昭和58年に東京港区の乃木神社から移築されました。三逕(二の丸および本丸...
21位 城爺さんさん
  • 情報提供私しか知ら無いヤブランの群生 城爺さんの旅ブログ城爺さんさんのプロフィール
  • こんにちは秋な感じの空気になってきた感じですね秋な写真が撮れましたヤブランの群生を見つけましたおそらく私しか知らないと思いますここは恐らくほんと私しか知らない場所でしょう見事な満開に遭遇しました紫の花が何本も何本もついつい感動の景色にもし見たい方はこっそりご連絡ください来年になりますがご案内可能な状態でしたらでは
22位 noboseriさん
23位 蟠龍斎さん
  • 情報提供信濃龍岡城(2) 蟠龍戦記蟠龍斎さんのプロフィール
  •   龍岡城は5年ぶり3回目の登城になります。続日本100名城のスタンプ設置場所は、入口前にある五稜郭であいの館です。函館五稜郭は有名ですが、ここ龍岡城も星型をしたいわゆる五稜郭です。ちなみに写真右は、前回登城した隣の田口城より撮影したものです。確かに星型です。今回続日本100名城に認定されたことで、知名度が上がるといいですね。こころなしか、観光客も以前より多かったように思います。夏休みだから?それ
24位 noboseriさん
25位 山城めぐりさん
  • 情報提供吉窪城③ 山城めぐり山城めぐりさんのプロフィール
  • 曲輪4から二の丸の不思議な石積に入り、曲輪5へ曲輪3から南に廻ると、曲輪4が南下にあります。曲輪4から二の丸へ登って来ると虎口Aがあります。ここは抉られていて、中央に石を集めた祠があったと思われます。石積の場所は虎口Aから入ったところです。宮坂氏は抉られた地形を気にされていないようですが、池のように私は見えました。そして中央の石積は水天宮を祭っていたのかもしれません。石積の二の丸の東側中央を分断する
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26位 O-jizou3さん
  • 情報提供本成寺 遊び半分・ついでに観光O-jizou3さんのプロフィール
  •       本成寺 長久山 法華宗陣門流 総本山 本 尊 三宝尊 さんぽうそん 仏:釈迦牟尼世尊 法:妙法蓮華経 僧:日蓮大聖人 2018_07_23
27位 dougenさん
28位 樋口山城守与六さん
  • 情報提供逆井城2018 茨城県坂東市 古城巡り 写真館樋口山城守与六さんのプロフィール
  • ?イメ−ジ図になります逆井城2018水面に映る、井楼矢倉下野国(現栃木県)の祇園城主の小山義政の五男常宗を始祖とする逆井氏が築いた。逆井氏はその後、古河公方家に仕えたが、1536年(天文5)、逆井城は北条氏康の部将の大道寺氏の攻撃を受けて落城し、城主の逆井常繁は討ち死にした。北条氏はこの城跡に飯沼城を築き、1577年(天正5)には、玉縄城(神奈川県鎌倉市)の北条氏繁が城主となって大規模な改修を行って規模の大きな
29位 山城めぐりさん
  • 情報提供吉窪城② 山城めぐり山城めぐりさんのプロフィール
  • 本丸から中央を横切る土塁を越えて二の丸へ稲荷神社、奥に見えるのが本丸と二の丸を分断する土塁鳥居を見下ろしています。神社と祠が並んでいます。ここは本丸部です。本丸は大きく分けて三つに仕切られています。「信濃の山城と館」更埴・長野編 宮坂武男氏著 北は右手です。本丸の南西にある抜け穴二の丸とを区切る土塁土塁を越えて二の丸二の丸曲輪3曲輪3に立って、二の丸の城壁を見ています。次回 曲輪4から二の丸の南西
30位 城攻め日記さん
  • 情報提供茨城県行方市 相賀城跡 城攻め日記城攻め日記さんのプロフィール
  • 行方市の相賀城跡は、公共の交通機関の手段はありません。神社鳥居から登ったすぐわきにある竪堀。こちらは横堀です。堀切です。こちらも竪堀のようです。この城跡内、最大規模の堀切です。堀切から続く横堀だと思います。神社がある郭への土塁。階段がついていますが、傾斜は急で、かなりの高さがあります。八幡神社があります。相賀城跡は、別名根小屋城跡とも呼ばれています。八幡神社の社殿です。先に進むと、空堀が又ありまし
31位 NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会 公式ブログさん
  • 情報提供2018年9月16日 滝山城跡景観回復活動はAR設置場所 ぶっ壊れたら買えばいいじゃん NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会 公式ブログNPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会 公式ブログさんのプロフィール
  • 滝山城跡の景観維持回復活動を実施しました。作業内容は城内にあるARアプリ設置場所周辺の景観回復です。全ての設置場所を一日ではできないので今回は千畳敷と大馬出にある2ヵ所の設置場所周辺を二手に分かれて作業しました。それとオマケでプラス1ヵ所も。どこもしばらくの間作業を実施していなかったので草が伸び放だい、刈り払い機メインの作業になりました。9時30分 千畳敷に集合、女性1名がボランティア体験参加しま
32位 だいゆうさん
  • 情報提供【150】信玄三河進出の拠点だった古宮城。 サラリーマンの日本200名城登城記録だいゆうさんのプロフィール
  • 続100名城の13城目は古宮城。3連休に千葉での法事を終え、千葉から車で途中の名城に立ち寄りながら名古屋へ帰る。17日は3城を予定、最後は愛知県新城の古宮城。アクセスは電車ではJER飯田線の飯田駅からバス25分とのことだが、かなり、ローカル。車なら、スタンプ場所の作手歴史民俗博物館から、車で数分。ただ、駐車場のような箇所に数台止めれるスペースしかない。また、スタンプの博物館は管理人さんによるとほぼボランティアレ
33位 だいゆうさん
  • 情報提供【49】熱中症っぽくなり登城断念した小谷城。 サラリーマンの日本200名城登城記録だいゆうさんのプロフィール
  • 100名城の24城目は滋賀県の小谷城。梅雨明け前の猛暑の中、福井・滋賀の1日4城巡りの3城目。一乗谷城から、車で2時間程度。浅井長政で有名な山城だ。アクセスは電車は、JR北陸本線で河毛駅下車、バスで10分ほどで小谷城址口にて下車、本丸までは徒歩約40分とシンドイ。長浜駅や山麓から不定期ながらバスも出ているので、チェックの上、向かうのが良いと思う。車なら、城の麓の小谷城戦国歴史資料館などに駐車場有り、また、ある程
34位 カムカムビートさん
  • 情報提供犬山城 歴史のピースカムカムビートさんのプロフィール
  • 別名白帝城と呼ばれる愛知県犬山市にある城天守は国宝にもなっています。去年か一昨年くらいに、雷が当たり屋根のしゃちほこが破損したニュースもありました。写真撮ったけどどこかにいってしまった、、、1469年(文明元年)に織田広近が砦を築き 織田信長の叔父である織田信康が砦を改修したことから城として築いたそうです。 天守のてっぺんから見ると木曽川を越えた西には伊木山城、、、東には木曽川を越えれば鵜沼城橋の左上の
35位 オレンジさん
  • 情報提供成田山新勝寺でご参拝 オレンジの普通でハッピーライフ♪オレンジさんのプロフィール
  • ついこの間まで、いつまで暑いのかなんて書いていましたが、すっかり秋の気配ですね日曜日には30度になるようですが、その後はもう秋まっしぐらかな〜。北海道辺りはもう冬が近いのかな 成田山新勝寺 残りの青春18きっぷを利用して出掛けた関東日帰り旅。成田でぶらっとし、最後に成田山新勝寺に寄りました。JR成田駅から新勝寺までは徒歩約13分。途中から車の進入禁止の参道になりますが、そこまでは車がかなり通る道を歩く
36位 安土桃太郎さん
  • 情報提供庭瀬城/撫川城にゆく 其の壱:庭瀬城址 廃城にゆく安土桃太郎さんのプロフィール
  • 岡山県岡山市庭瀬にあります庭瀬城址です。当ブログ108城目となる庭瀬城址は、JR庭瀬駅より徒歩6分ほどで到着します。隣接する撫川城とは戦国時代まで一つのお城でした。江戸時代には別の城となってしまったという珍しい経歴を持つ城です。現在は、清山神社として整備されて...
37位 おりんぽすさん
  • 情報提供【速報】岡山城本丸模型(寛保期)完成! 城郭模型製作工房おりんぽすさんのプロフィール
  • 寛保期の岡山城本丸を再現した模型が、ようやく完成しました!天守の製作に取り掛かったのが今年一月末。ご注文は昨年の晩春でしたので、一年以上お待たせしてしまい…古絵図、古写真、測量図、発掘調査の成果…あらゆる資料を総動員しました。途中、新たな古写真や古絵図の発見もあり、当初、「江戸中期」という漠然としたものでしたが、「寛保期」と時期を明確にすることができたのも今回の模型製作のひとつの成果だと思います
38位 えどっこっこさん
  • 情報提供虎徹「首輪いっぱいの巻」 気合 根性 やせ我慢えどっこっこさんのプロフィール
  • 最近パラコードやマクラメにはまっているえどっこです。虎徹の諸々が出来上がりました。夜のお散歩はこんな感じで、ネオン付。外人さんに「ヘイ!スーパーパピー!!」と声かけられるネオンぷり。真っ黒だから、自転車とか危ないしね。ネオン必要ーリードはパラコードでショルダー型に。一番ポピュラーな編み方。途中につけた丸カンにポーチをつけて、ウンチ袋やティッシュ、スマホをいれて、両手あけて散歩できる仕様。一応ダブル
39位 隆太郎さん
40位 Umeさん
  • 情報提供バンベルク思い出話 その4 仕事をつくる ドイツ城郭・城館研究ブログUmeさんのプロフィール
  • バンベルクは町並み自体が世界遺産とされていますが、それは歴史情緒あふれる旧市街のことを指しています。旧市街を一歩でると、普通のまち。でも、そこも好きでした。観光ではなかなか訪れないような場所。ただの民家が並ぶ場所。そういうところを徒歩でぶらぶらしてみると、そこに住む人々の息遣いを感じることができます。「えーこんな傾斜面に家建てちゃうんだ」とか「毎日この景色をみて生活してるんだ」とか、人の生活を想像
41位 四十路さん
  • 情報提供車山高原と続日本100名城(3) 〜 桃源院〜 日本攻城掃苔録四十路さんのプロフィール
  •  龍岡城の後は、桃源院に行きました。  龍岡城からは北西に10キロほどの場所にあります。  この桃源院は、近くの岩尾城主の岩尾大井氏の三代・大井行真によって祖父と父の菩提を弔うために16世紀半ばに開かれました。 というわけで、ここには岩尾大井氏の墓があります。  …っと、その前に、ここにはリアル『トイレの神様』がいらっしゃいました。 本堂にお参りしてから大井氏の墓参りですが、大井氏の墓は本堂の左奥にあ
42位 RYOさん
  • 情報提供【2018】設楽原決戦場まつり その2 金森戦記外伝-歴史私記RYOさんのプロフィール
  • 前の続きです。設楽原決戦場まつり その2です。行列を終えて設楽原古戦場の馬防柵での火縄銃演武の話です。 ↑五隊ある参加団体の最初でした。暑い日なので最初は精神的に楽です。粛々と入場します。↑立ち撃ち一斉。柵前と柵外と2隊に別れました。↑腰溜め放ち。↑千鳥一斉。↑合計6発の演武を無事終了しました。↑その後、西洋流火術鉄砲隊保存会、丹波亀山鉄砲隊、種子島南部鉄砲隊、長篠・設楽原鉄砲隊と演武を披露しました
43位 そうしゅうさいさん
  • 情報提供京都大徳寺龍源院1/120ジオラマの完成 京都から創造するアートボックス!そうしゅうさいさんのプロフィール
  • 宗秀斎です。 秋の訪れ、涼しくなってきました。今年の夏を振り返ると震災、災害に見舞われ慌ただしい日々を送っていたように思います。幾度と体験した私としても注視していかなくてはならないと改めて痛感します。 そんな中でも製作関連で史跡、寺院仏閣の現地調査や展示会などに足を運ぶなど精力的に動いておりました。またツイッターなど私の作品を実際に見たいという光栄なご意見を多数頂くことが多くなり、本格的に展示する機
44位 こにるさん
  • 情報提供第297回:大戸城(国人領主 塩貝氏の城) こにるのお城訪問記こにるさんのプロフィール
  • 訪問日:2017年4月大戸城(おおとじょう)は京都府南丹市にあった城です。塩貝氏が城主であったとされ塩貝城と呼ぶこともあります。戦国時代の遺構を良く残し市史跡に指定されています。築城時期などの詳細は不明ですが,地元の伝承によると戦国時代末期の城主は塩貝将監でした。父の晴政も子の晴道も将監を名乗り,明智光秀の丹波侵攻の際に波多野氏に味方した塩貝氏は攻められ大戸城は落城したとされます。 ●大戸城の遠景。●
45位 みどりの木さん
  • 情報提供大垣城の紹介8 本丸内部から天守 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 昨日の続きです。今日は本丸内部から天守です。 下図①の第2次世界大戦後に造られた模擬門です。下図①の模擬門から入ります。 ここを入ると 江戸時代の大垣城本丸です。(現在地にある地図です) 現在地にある現代の本丸です。 ②から天守方向です。ここで振り向いてみると模擬門を入ったところです。 ③から南側の鉄門方向です。ここが江戸時代からの登城道です。 ④から天守方向です。 この石段の上から入りますが、この右
46位 みどりの木さん
  • 情報提供大垣城の紹介9 天守内部 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 昨日の続きです。今回はいよいよ天守内部です。天守は第二次大戦で焼失したので、現在は外観のみの復元の鉄筋コンクリート造りです。 下図⑤から撮影の東附多門の入口です。この場所には江戸時代には続附多門がありました。 現在地にある解説板です。 入り口横の解説板は 大垣城の歴史解説です。 天守の構造です。 焼失前の石垣は一部のみで、赤坂金生山産の石灰岩で、いろいろな化石が入っています。 入館料100円と良心的です
47位 ta.ta.daさん
  • 情報提供竹田城 日本100名城で日本屈指の山城 赤松広秀と雲海話題も 城旅人ta.ta.daさんのプロフィール
  • 但馬・竹田城(たけだ-じょう)は、兵庫県朝来市和田山町竹田にある古城山(虎臥山)に築かれた山城で、標高は353m、比高は250mもある堅固な梯郭式山城です。虎が臥せているように見える城域から虎臥城(とらふす-じょう)とも言いますが、他の別名としては安井ノ城とも言う国の史跡であり、日本100名城にもなっています。また、高所に見事に築かれた石垣の壮観さから、日本のマチュピチュとも呼ば、天空の城とも呼ばれます。更に雲海
48位 dougenさん
  • 情報提供丸山城(伊豆国・静岡県伊豆市八木沢) 城めぐりの記録dougenさんのプロフィール
  • 丸山城<伊豆国> 静岡県:266登城日 2014.12.30(火)長浜城から国道136号に戻り、南下し、天城付近で西伊豆方面へ。温泉で有名な土肥地区に出て、さらに南下した場所に丸山城址があります。丸山スポーツ公園の駐車場が利用でき、解説板も設置されています。なお、国道を挟んだ海側の小山が出城(旧城)で、反対側に本城(新城)があります。両城址とも主郭は広場として整備されており、解説板も設置されていますが、それ以外は
49位 ta.ta.daさん
  • 情報提供建部山城 先祖伝来の地を守り切れなかった一色義道 城旅人ta.ta.daさんのプロフィール
  • 建部山城(たけべやま-じょう)は京都府舞鶴市下福井にある山城で、室町幕府の実力者でもあり丹後の守護大名である一色氏の本拠地でした。別名は八田城、田辺城とも言います。標高は316m、比高は310mと、かなり堅固や山城です。最初の築城は、南北朝時代の1336年に一色範光(一色修理大夫範光が)築城したともされますが、このとき、まだ12歳ですので、なんとも言えません。他には、1392年に明徳の乱で戦功があった一色満範が丹後守
50位 お城のジオラマ鍬匠甲冑屋さん
更新時刻:18/09/22 10:30現在