城・宮殿 注目記事ランキング

  • 更新時刻:17/04/26 14:30現在
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1位
ひろまるWEBさん
  • 情報提供覚王山(2)揚輝荘 北庭/歴史的建造物と庭園をめぐる(愛知県名古屋市) ひろまるブログ/勝手に紹介!歴史スポットひろまるWEBさんのプロフィール
  • (前回のつづき) 名古屋の「覚王山日泰寺」を見学したひろまる。 引き続き、歴史スポットを探して覚王山を散策します。 〜 やって来たのはここ「揚輝荘(ようきそう)」。 揚輝荘とは、大正から昭和初期にかけて、百貨店 松坂屋の初代社長 伊藤次郎左衛門祐民によって建てられた別荘です。? 完成時には約1万坪の敷地に30数棟の建物と池泉回遊式庭園があり、各国の要人や皇族、文化人の社交場とし

2位
みどりの木さん
  • 情報提供徳島城の紹介 後編 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 昨日の続きです。昨日は本丸まででした。 本丸北門です。藩主お座敷の裏に隠された門で、藩主の脱出用の抜け道機能がありました。下れば助任川につながります。 徳島城の縄張図です。 本丸絵図と説明板です。木の陰で見えにくいです。 徳島城の外堀は天然の川でした。 現在の徳島城(徳島中央公園の地図)です。 本丸で咲いていた桜です。 本丸と手前が本丸西門のあった所です。 弓

3位
みどりの木さん
  • 情報提供高知城の紹介1 歴史と詰門まで 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 今日から高知城の紹介です。南北朝時代高知城のある大高坂山には、大高坂松王丸が居城したと言われています。松王丸は南朝方に付きます。延元3年(1338年)には後醍醐天皇の皇子である満良親王を迎えています。しかし、興国2年(1341年)には、松王丸は北朝方の細川禅定・佐伯経定と戦って敗北し、大高坂山城は落城します。その後、文献に名がなく廃城となります。安土桃山時代天正15年(1587年)に、長宗我部元親
4位 番頭さん
5位 みどりの木さん
  • 情報提供弘川寺 最終回 千本桜山と草花 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 昨日の続きです。今日が最終回です。 今日は西行庵のある所から、弘川寺に下りるまでに撮影した、千本桜山と草花の写真です。 下の古絵図③の所を、上から撮影しました。 弘川寺とその奥の院善成寺の古絵図です。 左の谷は古絵図③から下に続く谷です。振り返ると桜が満開です。西行法師が極楽に行きたいという思いが、現世の極楽桜満開の時期と
6位 ぺーぱーくらふとさん
7位 ゲル総帥さん
8位 つあらさん
  • 情報提供上田城夜桜見物4/12バジル編 パピヨン&猫~愛犬アリオ&りんご&愛猫バジル~つあらさんのプロフィール
  • バジルを連れて行ってきました。先ずは、iPhone6で撮った画像をご覧ください。駐車場からエアバギーに乗って本丸堀西側で、ソメイヨシノ越しの西櫓をバックに本丸下の段から北櫓をバックにそしていつもの場所でしばらく東虎口櫓門前でお出迎え。その後、本丸堀に沿って東側から反時計回りに一周。その途中で最近はLED照明を使っている屋台があるのでその灯りを拝借して撮ってみました。明るいから綺麗に撮れます。また東虎口櫓門前
9位 むぎさん
  • 情報提供堀田佐野城(栃木県) むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 堀田佐野城(ほったさのじょう)別名 植野城(うえのじょう)構造 平城築城者 堀田正高築城年代 1614年(貞享元年)指定史跡 市指定史跡場所 佐野市植下町【 地図 】植野城は元々陣屋で、1829年(文政12年)に城主であった掘田正敦が寛政の改革での功績により陣屋が城主格に格上げになったので、城主格とされました。その後堀田家は明治2年の廃藩置県まで存続し、廃藩置県により佐野県知事となりました。同年1
10位 ハチさん
  • 情報提供岐阜方面へ旅行№1 歴女な娘ハチさんのプロフィール
  • 歴女な娘の小学校の卒業旅行で岐阜方面へ行ってきましたただ出発の前日から娘の体調不良で発熱が・・・病院へ行きお薬をもらって岐阜へ出発!先ずは第1目的地世界遺産 白川郷かなりお疲れの様子です頑張って白川郷の見学食事をして次は飛騨高山へ少〜しぶらぶらして宿泊先の下呂温泉へ行きましたがお疲れのためにすぐに就寝本当にお疲れ様な1日でした
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11位 hidさん
  • 情報提供金刀比羅宮北神苑 香川県琴平町 ZRX1200Sツーリング城hidさんのプロフィール
  • 金刀比羅宮北神苑 香川県琴平町金刀比羅宮が鎮座する象頭山 金刀比羅宮北神苑鳥居多度津街道の終点に建っていたのをここに移設。最初の建立は天明二年(1782)琴平町に残る最古の鳥居です。鳥居に天明二年(1782)の刻1865年(慶応元年)に完成した高さ27メートルの日本一高い灯籠で国の重要有形民俗文化財に指定されています。安政元年(1854)発願万延元年(1860)完成慶応元年(1865)献納瀬戸内海を航海
12位 むぎさん
  • 情報提供福江城(長崎県) むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 福江城(ふくえじょう)別名構造 平城築城者築城年代 1863年指定史跡 県指定史跡場所 五島市池田町1-1【 地図 】未登城の城スタンプ№187
13位 ぺーぱーくらふとさん
14位 みどりの木さん
  • 情報提供弘川寺3 千本桜山と善成寺 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 今日は姫路城に行ったので、更新が遅れました。外堀の門跡もほとんど見て歩きました。城北側の公園のぼたん桜が満開で、いい写真が撮れました。後日公開します。 昨日の続きです。西行の墓から、桜山に登りました。この桜山には1000本の桜が、1990年に植林されています。そして、今は無い善成寺の跡を探しました。 似雲の墓です。西行の墓と同じ平地にあります。 似雲の解説板です。江戸中期にも似雲法師が
15位 みどりの木さん
  • 情報提供弘川寺4 千本桜山と西行庵跡 歴史大好きみどりの木みどりの木さんのプロフィール
  • 昨日の続きです。今日は橋のあった所からさらに登ります。 西方向の写真です。西には極楽があるとされていますが、西行庵からは西方向がよく見えます。ガスっているので、遠くまで見えません。遠くに小さく見えるPLタワーを拡大すると、 手前の住宅地は「さくら坂」です。遠くは霞んでいます。黄砂とか春霞でしょうか。さらに拡大すると 光学60倍に拡大しています。遠くの塔は堺の臨海工業地帯です。&nbs
16位 バイソンさん
17位 あもさん
18位 赤べこさん
  • 情報提供17 根津嘉一郎 熱海別邸 (熱海の市街地に建つ熱海三大別荘の一つ) 全国銘邸巡り赤べこさんのプロフィール
  • 「起雲閣」の名の、大正、昭和の浪漫あふれる名邸宅。非公開の岩崎別荘、今はない住友別荘、そして起雲閣と熱海三大別荘の一つである。熱海に行った際には必ず見ておきたい名邸である。起雲閣は、大正8年(1919年)に、日本三大船成金の一人、内田汽船の内田信也氏がこの地に別荘を建てたのが始まりであった。大正14年(1923年)に内田氏から東武鉄道の根津嘉一郎氏に売却され根津熱海別邸となる。昭和4年に東側に金剛
19位 hinaさん
  • 情報提供小田原用水 その1 わたしの城めぐりhinaさんのプロフィール
  • 日本最古の上水路といわれる小田原用水。建設年代の詳細はわかっていませんが、天文14年(1545)に小田原に来た連歌師宋牧さんが「東国紀行」にて 氏康さんのお庭の水は早川から引いてるっ! と驚いてるのでだいたいその頃だと思われます。(私は大森氏の頃にあったんじゃないかと妄想を膨らませております   一人で)水路のことって実はすごく苦手なんですよ。私は古道も苦手です。頭の中で道筋が上手く組み立てられなくてパ
20位 dougenさん
  • 情報提供日本の城1000城(北陸) 城めぐりの記録dougenさんのプロフィール
  • ★日本の城1000城(北陸)★(18城掲載)富山県の城No.城郭名史跡構造所在地363富山城なし平城富山市本丸364白鳥城なし山城富山市呉羽町365宮崎城県の史跡山城下新川郡朝日町366魚津城なし平城魚津市本町367弓庄城なし平城中新川郡上市町368猿倉城なし山城富山市舟倉369阿尾城県の史跡山城氷見市阿尾370安田城国の史跡平城富山市婦中町安田371木舟城県の史跡平城高岡市福岡町木舟372増山城国の史跡山城砺波市増山373一乗寺城なし
21位 甲冑屋御殿さん
22位 あきおうさん
23位 むぎさん
  • 情報提供佐野城(栃木県) むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 佐野城(さのじょう)別名 春日岡城(かすがおかじょう) 姥城(うばがじょう)構造 平山城築城者 佐野信吉築城年代 1602年(慶長7年)指定史跡 市指定史跡場所 佐野市若松町504【 地図 】南側から三の丸・二の丸・本丸・北出丸が直線的に配置された連郭式に配した城郭跡です。唐沢山城の城主である佐野信吉が1602年(慶長7年)に幕府の山城廃止政策を受け、唐沢山城からこの地に移り佐野城を築城しました。JR
24位 ゲル総帥さん
  • 情報提供No.6 現存天守 弘前城リニューアル 日本の城ペーパークラフト開発日記ゲル総帥さんのプロフィール
  • 弘前城をリニューアルしました。と言っても変更点は建物以外のグラフィックと商品パッケージサイズA5→A4にした程度。その他は変わっていません。amazonのレビューには「城なのに小さいとはこれいかに」なんて攻撃的なコメントが書かれてましたが大きくしません。1/300統一スケールは私のポリシーです。他の城と大きさの比較が出来るから唯一なんです。また、大型の物、小型の物をペパクラにした場合、作成難易度が一番均一化
25位 むぎさん
  • 情報提供館林城(群馬県) むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 館林城(たてばやしじょう)別名 尾曳城(おぶきじょう)構造 平城築城者 赤井照光築城年代 江戸時代指定史跡 市指定史跡場所 館林市城町3【 地図 】城沼を自然の要害とした平城で、豊臣秀吉の小田原城攻めで北条が滅亡し北条の直轄だった館林城は関東に入国した徳川家康の所領となり徳川四天王の一人「榊原康政」が城主として入封した城でもあります。三の丸三の丸足軽番所跡付近にある館林城跡の標柱と説明看板。土橋門
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26位 蟠龍斎さん
  • 情報提供信濃殿島城 蟠龍戦記蟠龍斎さんのプロフィール
  • 殿島城は現在、殿島城址公園として整備されています。遺構がよく残っており、写真のように周囲が土塁で囲まれています。土塁は結構な高さがあり、その周りには堀もあります。また模擬門や石碑もあります。城内はかなり広いです。こちらも153号線から近く、遺構もよく残っているのでオススメのお城です。
27位 noboseriさん
28位 こにるさん
  • 情報提供第236回:土居の内(篠山に残る中世居館の遺構) こにるのお城訪問記こにるさんのプロフィール
  • 訪問日:2016年4月土居の内は兵庫県篠山市にあった城館です。堀の内や大渕館とも呼ばれる国人の居館跡で,古文書によると畑左近允能綱・同弾正守広等の住居とされています。現在は個人宅のようですが土塁と堀に守られた貴重な中世城館跡ということで県史跡指定されています。 【左】南東面です,2m近い土塁と幅のある堀に守られた居館であることがわかります。【右】南東側から見ています。南面に堀が良く残ります。
29位 よかとこさん
  • 情報提供2017年、熊本城の桜 くまもとよかとこ案内人の会よかとこさんのプロフィール
  • おはようございます。くまもとよかとこ案内人の会のブログにアクセス頂きありがとうございます。今年の春はなかなか桜が咲かなかった。多分、桜自身が咲いていいのか迷ったのだと思う。一年前とあまりにも変わり果てた熊本城。ここで花開いていいのか、何度も何度も桜たちは話し合ったんでしょうね。ちょっと遅れたけど、いつも通り美しく咲き、私たちを楽しませてくれました。加藤清正像と千原桜。ここは千原桜と長塀通りの
30位 tarakoさん
  • 情報提供日本寺大仏 史跡巡り女子tarakoさんのプロフィール
  • 千葉県にはこんな大仏があるよ!鋸山日本寺にある薬師瑠璃光如来の大仏様。石でできた大仏の中では日本一大きい大仏で31m。駐車場から。大仏の近くまで車で行けました。広大な敷地でたくさんの石仏があります。この日は強風で地獄のぞきまで行くのは断念。また来よう。にほんブログ村
31位 piglet01さん
32位 Shirotoさん
33位 つあらさん
  • 情報提供上田城夜桜見物4/13アリオ編 パピヨン&猫~愛犬アリオ&りんご&愛猫バジル~つあらさんのプロフィール
  • アリオを連れて行ってきました。先ずは、iPhone6で撮ったも画像を。東虎口櫓門前でお出迎え。続いてNikon D300+16-85VRで撮影した画像です。ソメイヨシノ越しの西櫓をバックにこの場所にLED照明を使ったチョコバナナ屋さんがいたのです。西櫓、国指定の重要文化財にならないかなぁ。僕もライトアップ(^^)最後にお気に入りの綺麗でイイ感じのアリオを撮ることが出来ました(*^^*)
34位 yzal-juleさん
  • 情報提供1. 伯備線特急 『やくも』(3) 兵どもが、夢のあと・・・yzal-juleさんのプロフィール
  • 2017年3月26から27日にかけて、2018年春に廃線が決定した『三江線』を攻略。広島県三次から島根県の江津を結ぶ最後にした陰陽連絡線。最後に完成したにもかかわらず、最初に廃線という悲しい状態。。小田原にから新幹線で岡山、岡山から伯備線で出雲市を経由し、山陰本線を江津。江津から三江線で三次、三次から芸備線で広島に出て宿泊、翌日ゆっくりと芸備線をすべて制圧し、新見から伯備線と新幹線で戻る、というのが当初の予定
35位 のいの助さん
  • 情報提供久しぶりのラントレ 自転車もろもろ日記のいの助さんのプロフィール
  • 今日のものすごくいい天気 昨日から今日にかけて二日連続の日本晴れ 今年度、初めてのランニング再始動とは言いつつも年度当初はなんだかんだ、いろいろあって気持ちが乗らないもんだ ランニングの履歴を見たら前回のランニングは3月11日だった1ヶ月以上開いている ゆっくり、20〜30キロ走ろうかなと外へ出た途中、歩いたり走ったりの繰り返し徐々にほとんど歩きばっかりそして、歩くのもきつくなる つい
36位 むぎさん
  • 情報提供小幡陣屋(群馬県) むぎの城さんぽむぎさんのプロフィール
  • 小幡陣屋(おばたじんや)別名 小幡城(おばたじょう)築城者 織田信雄築城年代 1615年(元和元年)場所 甘楽郡甘楽町小幡【 地図 】小幡は1615年(元和元年)に織田氏の所領となり、以来152年の間治めてきました。織田信長の次男織田信雄が7年の歳月と数万両を投じて築いた御殿跡と大名庭園があります。武家屋敷中小路には当時の屋敷や石垣などが残されている。松平大奥奥方と何人かの腰元が住んでいました。ペ
37位 ぺーぱーくらふとさん
38位 piglet01さん
39位 蟠龍斎さん
  • 情報提供曽呂利! 秀吉を手玉に取った男 蟠龍戦記蟠龍斎さんのプロフィール
  • 豊臣秀吉の御伽衆の一人、曽呂利新左衛門を主人公にした書籍です。豊臣家の忠臣なのか、それとも獅子身中の虫なのか、作中でも謎のまま進みますが、最終的に本当にどっちだったのか?よくわかりませんでした。あと、曽呂利は『いったい何がやりたいのか』というのもイマイチよくわかりませんでした。史実の人物ですが、なかなか取り上げる人も少ないだけに面白い視点ではありますが、終始謎の人物だったように思います。
40位 こにるさん
  • 情報提供第237回:金石城(宗氏の対馬支配拠点) こにるのお城訪問記こにるさんのプロフィール
  • 訪問日:2016年4月金石城は長崎県対馬市にあったお城です。「かねいしじょう」とも「きんせきじょう」とも呼ばれ,中世から近世にかけて対馬国を支配した宗氏(そうし)の本拠地として築かれました。国史跡にしていされています。1528年 宗将盛が金石屋形として築いたのが始まりとされ,江戸時代まで対馬の中心でありました。本格的な城郭になったのは大火災後の1660年 対馬藩3代藩主であった宗義真(そうよしざね)による改修以降
41位 ぺーぱーくらふとさん
  • 情報提供遺恨十年一剣を磨き… 紙で作ったお城や建物ぺーぱーくらふとさんのプロフィール
  • 信州・川中島古戦場川中島の戦い−アニメーション化−http://www.furin-kazan.jp/nagano/index.php♪ 霧の川中島https://www.youtube.com/watch?v=P6SfmFwBaOI♪ 武田節https://www.youtube.com/watch?v=olguD6WJ3Qc佐久間象山 先生
42位 tarakoさん
  • 情報提供東大寺 史跡巡り女子tarakoさんのプロフィール
  • 奈良に来たらやっぱり行ってしまう東大寺。 (正式には華厳宗大本山東大寺)前回来た時は写真をほとんど撮らなかったからいっぱい撮ろ♪南大門鹿いっぱい。奈良で鹿を見ると「鹿おとこあをによし」を思い出す。南大門にある金剛力士像。 左に阿形像右に吽形像大仏殿奈良の大仏様。正式には東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)後ろ姿左側には広目天像 アップで。かっこいい増長天と持国天。首から上だけ右側に
43位 tarakoさん
  • 情報提供三重、天の岩戸神社 史跡巡り女子tarakoさんのプロフィール
  • 三重県にあるパワースポット、天の岩戸神社へ行って来ました。高千穂にある天岩戸神社にも行ったので二つ目。道路沿いにある入り口は気を付けてないと通りすぎちゃいます。駐車場に車を停めてしばらく歩きます。途中タクシーのおじさんにこの辺で一番霊気が強い場所って言われた。 なんだか納得。 マイナスイオンたっぷり。晴れた日は気持ちいい。 恵利原の水穴とっても神秘的な場所でした。三重に来たらぜひ行って
44位 播磨河内守さん
  • 情報提供枚方城跡 なんとなく城跡巡り播磨河内守さんのプロフィール
  • 所在地::大阪府枚方市枚方上之町9−21別名:なし築城年:室町時代築城主:本多氏廃城年:慶長二十年(元和元年、1615年)城主:本多氏遺構:なし案内板:なし指定文化財:なし訪城日:2017年4月4日(月)晴駐車場:なし所要時間:すぐ枚方城は百済王氏の後裔と称する豪族本多氏の居城であった。本多内膳正政康は、豊臣秀吉の家臣となり娘が秀吉の妾となったことから豊臣家との関係が深くなり大いに栄えました。しかし、
45位 Shirotoさん
46位 鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行さん
  • 情報提供伊豫国 港山城跡散策 鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行さんのプロフィール
  • 港山城跡は、伊予鉄道港山駅の南西方向にあり、市道を挟んで東西に分かれ、東は東港山、西は西港山と呼び、西側に江戸時代伊予松山藩の出丸があった。山の山麓に湊三島神社がある。この城は、河野通春の城跡で、応仁の乱では山名方についた河野教通(通直)と細川方となった通春が戦う事になる。両将とも、はじめは京都に出兵していたが、11年後に双方とも帰国し、伊予一円で戦い続け、文明14年(1482)港山の激戦で通春は
更新時刻:17/04/26 14:30現在