日本史 注目記事ランキング

  • 更新時刻:18/02/21 17:30現在
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1位
しばやんさん

2位
tonchanさん
  • 情報提供コラム:記紀・神社伝承の価値 とんちやんの独り言tonchanさんのプロフィール
  • 古事記、日本書紀には国生み神話や天照大神、スサノオの活躍を始めとする出雲の説話や天孫降臨、神武東征、欠史八代、祟神天皇、ヤマトタケル、神功皇后などの楽しいストーリーが散りばめられており、自分も大好きです。 また、脇役としてアメノウズメや猿田彦、天穂日尊やタケミカヅチ、塩土翁、ニギハヤヒと長スネ彦、四道将軍や武内宿禰など魅力的なキャラクターに満ちあふれています。 これらは記紀だけでなく、先代旧事本記

3位
住兵衛さん
4位 研修隊員さん
  • 情報提供305 進歩発展は邪悪な思想 日本史探検隊研修隊員さんのプロフィール
  • 江戸幕府が公式学問として「朱子学」(新儒教とも)を採用したのには、創立者・徳川家康(1543-1616年)の強い意志が働いていました。盟友・織田信長(1534-1582年)が「、家臣・明智光秀の謀反によって呆気なく倒れる姿も、その後織田家が、やはり家臣であった豊臣秀吉(1537-1598年)は乗っ取る姿も見てきたからです。要するに、主君としてそうした失敗を繰り返さないためには、大名・武士に、きちんとしたモラルを植え付ける必
5位 坂の上のヒゲおやじさん
  • 情報提供太平記を歩く。 その202 「等持院」 京都市北区 坂の上のサインボード坂の上のヒゲおやじさんのプロフィール
  • シリーズ200を超えましたが、関西を中心とした『太平記』ゆかりの地は、ほぼ網羅できたんじゃないかと思っています。というわけで、このあたりで、ひとまず一区切りにしようかな・・・と。そこで、その節目を飾るのは、足利将軍家の菩提寺「等持院」です。 ここ等持院は「その158」で紹介した臨済宗天龍寺派の古刹で、室町幕府を開いた足利尊氏が、興国2年/暦応4年(1341年)に「その157」で紹介した洛...
6位 ゆささん
  • 情報提供かえるの旅路。 ゆさな日々ゆささんのプロフィール
  • 「旅かえる」絶賛プレイ中です☆前回記事を書いてからかえる氏が色んなところに旅に出て写真をたくさん送ってくれるようになりましたので今回は写真を中心にご紹介します。その前に。最近の発見。右上のメニューをタップするとかえる氏の持ち物や写真アルバムが見られるページに移動するのですがかえる氏の部屋にある暖簾をタップしても同じページに移動できる。いや、それだけなんですけど。思いがけず発見したのでちょっとうれし
7位 ゆささん
  • 情報提供少しのことにも先達はあらまほしき事なり。 ゆさな日々ゆささんのプロフィール
  • 東博の「仁和寺と御室派のみほとけ−天平と真言密教の名宝」に行ってきました。そんなに混んでないと聞いていて2時間で足りるかなあと思ったら結構混雑していたし(たぶんみんなこの日から展示される葛井寺の千手観音像を見に来たんだよな…わたしもだ)、書に絵巻に仏画に宸翰、そして仏像の群れというラインナップで3時間でも足りなかった。。写真はラウンジに展示されていた御室流のいけばなです。毎週変わるらしいよ!綺麗。
8位 羽柴茶々さん
  • 情報提供猿掛城攻防〜庄為資と毛利元就と三村家親と… 今日は何の日?徒然日記羽柴茶々さんのプロフィール
  • 永禄二年(1559年)2月15日、三村家親から救援要請を受けた毛利元就が猿掛城を攻撃すべく、備中伊原に布陣しました。・・・・・・・・・・備中(びっちゅう=岡山県西部)猿掛城(さるかけじょう=岡山県小田郡矢掛町)は標高230mの猿掛山に築かれた山城で、山の北側には東西に流れる小田川があり、それと並行するように走る旧山陽道を抑えた要所にありました。その歴史は古く、平安時代の終わり頃には、ここに領地を与えられた庄
9位 M・ITOさん
  • 情報提供『三国志』「魏志倭人伝」後世改ざん説の可能性を考える〈1〉 邪馬台国と日本書紀の界隈M・ITOさんのプロフィール
  •  私の唱える「邪馬台国熊本説」の中核をなすのが、「魏志倭人伝」後世改ざん説というものです。 私は、不彌国から投馬国への行程「水行二十日」、投馬国から邪馬台国への行程「水行十日 陸行一月」の日数部分に、陳寿(ちんじゅ)が撰した『三国志』原本では、具体的な里数が記されていたと考えています。その里数が、後世、宋の時代に『後漢書』が完成した後、日数に書き換えられたと考えるのが、「魏志倭人伝」後世改ざん説の
10位 彰篠宮さん
  • 情報提供2月21日 <金嬉老事件発生(1968年=昭和43)> 日本史大歳時記彰篠宮さんのプロフィール
  • 1968年(昭和43)のこの日、静岡県の寸又峡温泉でライフルとダイナマイトとで武装した殺人犯・金嬉老(きんきろう)が泊り客などを人質に立てこもる事件が発生しました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 1968年(昭和43)2月20日、静岡県清水市(現・静岡市清水区)内のクラブで、借金のゴタゴタから暴力団員を射殺した在日韓国人二世の金嬉老(権禧老(クォ
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11位 坂の上のヒゲおやじさん
  • 情報提供幕末京都逍遥 その1 「東山霊山護国神社〜維新の道」 坂の上のサインボード坂の上のヒゲおやじさんのプロフィール
  • 平成30年(2018年)の今年は、明治維新150年にあたります。そこで、今回、維新胎動の舞台のとなった京都のまちを、幕末維新のみに限定してゆかりの地をめぐってみました。幕末といえば、志士。そこで、まずはじめに幕末の動乱を生きた志士たちの墓参りをすべく、東山霊山護国神社を訪れました。 東山霊山護国神社は、幕末、各藩がここ東山霊山にそれぞれ殉難者を祀ったのがはじまりで、その後、慶応4年(19...
12位 住兵衛さん
  • 情報提供日本史の「デジャヴ」23 天孫降臨は二度ベルを鳴らす ヤジ馬の日本史住兵衛さんのプロフィール
  • 日本神話によれば、この国をアマテラスの子孫代々が治めていくことの正当性は「天壌無窮の神勅」にあるとされているようです。日常生活ではあまり使わない言葉ですが、「天壌無窮」とは、平たく言えば「天地を永遠に」ほどの意味で、これに続く「神勅」は「神が与えた命令」ということですから、要するに相手に向けてこう宣言したことになります。〜以後この国は私の子孫が永遠に治めていきます・・・なにかご不満が?〜
13位 坂の上のヒゲおやじさん
  • 情報提供太平記を歩く。 その201 「大光明寺陵」 京都市伏見区 坂の上のサインボード坂の上のヒゲおやじさんのプロフィール
  • 北朝の光明天皇(北朝第2代天皇)、崇光天皇(北朝第3代天皇)、そしてその孫にあたる治仁親王が眠る「大光明寺陵」を訪れました。 大光明寺とは、室町時代のはじめにこの辺りにあった臨済禅宗の寺院で、北朝の護願寺だったそうです。現在の大光明寺陵の場所は、かつて伏見殿の上御殿があった付近で、明治時代に入り、光明・崇光両天皇の遺骨は大光明寺に納められたとの一部の古記録から、かつて大光明寺のあったと伝...
14位 市郎右衛門さん
15位 tonchanさん
  • 情報提供初期の製鉄技術 とんちやんの独り言tonchanさんのプロフィール
  • 日本で製鉄が始まった頃のイメージとして下記のホームページから引用させていただく。ドロドロに熱く溶かした鉄を鋳型に流し込むのではなく、もっと手軽に製鉄が出来る事がわかる。(製鉄の歴史ーFNの高校の物理より)2.古い製鉄技術(1)原始的な製鉄法鉄の鉱石として主なものを次に記す。硫黄は鉄を脆くするので、黄鉄鋼のようにSを含んだものは、まず焼いて酸化鉄にして用いる。 初期の製鉄炉は木炭と鉱石を層状に装入して、
16位 tonchanさん
  • 情報提供青銅器の作り方 とんちやんの独り言tonchanさんのプロフィール
  • 鉱床に存在する自然銅等の金属を叩くことで硬く変形させ、道具として使える事を人類は発見した。やがて古代中国では木炭や薪で鉱石をるつぼの中で溶かし、様々な金属の塊を作る鋳造が出来るようになった。 銅は原料も豊富にあって加工も容易なため広く使われるようになったが、錫(すず)を少し混ぜると適度に硬くかつ脆すぎない道具に適した金属になることを発見した。錫は銅鉱石の中に一緒に含まれていることが多いため世界各地で
17位 勢蔵さん
  • 情報提供舌切り雀 勢蔵の世界勢蔵さんのプロフィール
  • 「舌切り雀」 ご存知であろうかと思いますが、かい摘んで話しますと 「爺さんに怪我をして助けられた雀は、婆さんが使おうとしていた糊を食べてしまい、舌を切られて逃げ出す。その雀をお爺さんが追って山へ行くと、雀たちが恩返しにご馳走してくれたり踊りを見せてくれた。お土産として大小2つのつづらのどちらを持って行くか聞かれ、小さい方を持って帰り家に着いて中を見てみると小判や宝が詰まっていた。それを聞いた婆さん
18位 坂の上のヒゲおやじさん
  • 情報提供西郷どん 第7話「背中の母」 〜相次ぐ肉親の死と最初の結婚〜 坂の上のサインボード坂の上のヒゲおやじさんのプロフィール
  •  嘉永5年(1852年)、西郷吉之助(隆盛)の身辺に不幸が相次ぎます。まず、7月18日に祖父の西郷龍右衛門が死去。没年齢はわかりませんが、息子の吉兵衛がこのとき47歳だったことから想定すると、この時代としては長寿の70歳前後だったんじゃないでしょうか。ドラマでは温厚なおじいちゃんでしたが、実際には、どんな人だったか詳しくは伝わっていません。藩職は御台所御番という最下級のお役目で、石高も47石...
19位 彰篠宮さん
  • 情報提供2月19日 <連合赤軍による浅間山荘事件発生(1972年=昭和47)> 日本史大歳時記彰篠宮さんのプロフィール
  • 1972年(昭和47)のこの日、逃走中の連合赤軍の坂口弘ら5名が、長野県軽井沢町にある河合楽器保養所の浅間山荘に乱入し、管理人夫人を人質に立てこもる事件が発生しました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 連合赤軍というのは、1971〜72年(昭和46〜47)にかけて活動した日本の新左翼組織の1つで、テロ組織です。1971年(昭和46)7月の結成直後から、翌1972
20位 市郎右衛門さん
  • 情報提供今日だからこそ行っとこ!羽生結弦選手ファンの聖地 『弓弦羽神社』 「高天原の縁側日記」市郎右衛門さんのプロフィール
  • 皆さ〜ん平昌オリンピック見てますか〜?人気日本選手が中々金メダル取れないので、イライラしてないですか?やっぱりフィギュアスケートの羽生結弦選手に最初の金メダル期待しましょう。昨日ショートプログラム完璧でしたね〜ということで今日は朝からこちらの神社にお詣りしてきました。『弓弦羽神社』 です。名前が似ているということで羽生結弦選手の活躍を期待するファンで人気急上昇だそうです。問題は今日のライブ放送、フ
21位 須勢理姫さん
  • 情報提供無私の激突 さくら舞い散る道の上で須勢理姫さんのプロフィール
  •  「朝鮮国の暴慢無礼はもはや許し難いものがある。直ちに出兵すべきだ」 明治6年6月12日の閣議で、参議・板垣退助が強硬論を言いました。 これが誕生したばかりの明治新政府を揺るがす征韓論の閣議における第一声でした。  明治元年以来、新政府は朝鮮に国交回復を5年以上も呼びかけていましたが、朝鮮政府は国書の中に「皇祖」など清国皇帝が使う文字があると受け取りを拒否し、さらに「日本人は西洋人と交流して
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