| 07/02/21 10:59
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1: まめ太郎
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歴史研究家の間では99%大和説で決着がついているそうです。
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| 07/04/27 16:39
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3: 薩摩隼人
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・九州に投票しました 九州、それも南九州だね。
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| 07/05/10 23:49
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4: 餐場次郎
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・どちらでもないに投票しました もっと南の可能性も
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| 07/05/10 23:50
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5: 餐場次郎
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>>3. 薩摩隼人さん
同意見です。
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| 07/05/16 09:20
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6: ゆりゆり
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・九州に投票しました 私は、九州だと思います。 新説「邪馬台国はここだ!」は、読むと納得いきます。 目からウロコが落ちる謎の古代史を知りたい人は、「中杉 弘のブログ」 を読んでください。連載になっていますから、「青森の夜」から読んでね。 ↓ http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/?blog_id=2098137
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| 07/06/24 13:32
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7: 越旅人
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・どちらでもないに投票しました 邪馬台国だって、何の事がしらないのに、関係ないことばかり討論 している、これってほんとに、何百年たっても、解決は無理だ。 やまたいこくとは、 本来シュメールにはじまる、宇宙の論理からはじまる、回転するという 意味である。 意味をしらなくては何にもならない。 相対とか類比とか回転とかを、表わす表現なのだ。
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| 07/08/12 15:43
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8: 天日干
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・九州に投票しました あまたの遺跡に囲まれて大和に暮らしますが、なぁ〜んとなく邪馬台国は九州のような気がします。
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| 07/10/08 10:31
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9: みんなで古代史を考える会
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・どちらでもないに投票しました 邪馬台国は、出雲を意味していました。そして、卑弥呼は、邪馬台国の女王ではなかったのです。この列島には、倭王と倭女王とい う2つの大きな勢力があって、その倭王は、この列島の都であるところの『邪馬台国』にいたのです。 また、その歴代の倭王は、『天照』を名乗り、唐に征服された後は、『天照』の『天』と中国皇帝の『皇』で『天皇』が誕生したのです。 詳しくは、http://kodaishi-21.hp.infoseek.co.jp/ をご参照ください。
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| 07/10/14 01:49
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10: かし りょう
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・九州に投票しました どちらかと聞かれれば九州説を推します。 個人的には四国説が中々面白いと思ってます。
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| 07/10/28 17:35
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11: 時任可成
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・どちらでもないに投票しました 北九州から近畿までの広域。中心地は時期によって、北九州から山陰周りで近畿に移動していく……ではだめですか?
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| 07/11/14 01:04
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12: 栗
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・大和に投票しました 奈良に住んでるんで。
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| 08/01/19 06:51
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13: kantan
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・九州に投票しました エジプトだっていう説もありませんでしたか?
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| 08/01/21 18:07
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14: 時任可成
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>13 うん、あった、あった!
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| 08/03/15 15:58
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15: だんでらいおん
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・九州に投票しました 福岡の甘木
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| 08/04/01 23:50
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16: さわら
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・どちらでもないに投票しました 「どちらでもある」に投票したいところです。 九州の邪馬台国が大和に移り、しばらく邪馬台国として年月を送ったのち、大和朝廷になったと考えています。へそまがりで、どうもすいません。
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| 08/04/09 09:06
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17: 亀弥太
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・九州に投票しました 本当は畿内といいたいところだが やはり無理があるだろうな・・・。
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| 08/11/24 18:20
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19: 歴研会
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・どちらでもないに投票しました 幼稚な邪馬台国だから、無意味でしょう。 基本が全然なっていません。 日本人さえ、歴研会に頼っているくらい、ですからね。
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| 09/01/13 18:18
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20: 姫子
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・大和に投票しました あたりまえに選びました
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| 09/04/22 01:04
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21: trefoglinefan
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・九州に投票しました 日本代表と言えるかどうかは分からないです。
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| 09/05/16 17:59
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22: 岡安光彦
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・大和に投票しました 現役の考古学研究者で九州説を支持する人はまずいません。 現段階では、むしろ狗奴国(くなこく)がどこにあったかの方が面白い議論になると思う。
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| 09/05/21 21:24
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23: 駒澤特急
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・九州に投票しました 邪馬台国は吉野ヶ里遺跡が中心
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| 09/05/24 00:03
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24: 岡安光彦
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このアンケートの結果を考古学者に見せたいですね。 結構ショックを受ける研究者が多いと思う。 十分な説明責任(偉そうに「教え」れば済むというものじゃない)を怠ってきた結果です。 私自身も深く反省。 いずれにしても正しさ、だけじゃなく楽しさ面白さも必要ですよね。 役所の答弁のような考古学に飽き足らないのはよく分かる。
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| 09/06/03 15:09
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25: BIGPAPA
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・大和に投票しました 普通に考えて畿内説でしょ? 最近は重要な仏性が出たし。もう九州ではないことは明白
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| 09/06/12 02:56
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26: kk
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・九州に投票しました 岡安君、今の考古学会は夢見学会でしょ? もっと現実直視してね
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| 09/07/13 15:35
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27: 駒澤特急
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・九州に投票しました 邪馬台国は九州の吉野ヶ里だ。
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| 09/07/24 17:17
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28: フィミカ
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・九州に投票しました 最近考古学者が大和説に傾いてますけど文献無視ですね。 総距離と東に海を渡るとまた倭人の国があるという事で 当時の大和は失格。
九州の勢力が東征してきたと自分達の正史に書いている のだから魏使を迎えたのは九州にあった邪馬台国だと 認めているのでしょう。
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| 09/10/11 21:30
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30: 大阪
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・大和に投票しました 最近なんか有力な証拠が続々と 見つかっているらしいというのと ただ単に私が関西人なので
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| 09/10/19 23:00
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31: dfsdf
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日本に古来併合された筑紫野部落の末裔である九州部落民の捏造工作が 戦後数十年と常態化して久しい。この問題の原点には日本捏造九州紀元説である 邪馬台国九州説補完を肉付けする為に日本人の形態的特徴の一つである瞼の 構造とそれに分布が比較的一致すると思われる遺伝子構造上の一部を生態的特徴として分析し、 人々の盲目化を図ろうというものだ。この扇動の発端には反日売国圏域として名高い 九州大学(南朝鮮部落)、ソウル大学、筑波大学、千葉大学 など所謂朝鮮系の比率が非常に高い圏域の教育機関から賛同者を募り、東京大学の一部 南朝鮮系学者の協力を得て偏向データの辻褄を合わせようという、まさしく悪意に満ちた扇動が 繰り広げられているのだ。この日本にかつて併合された九州部落の教育機関、九州(クズ) 大学の主催で、首都圏の科学博物館において縄文系VS弥生系とかいう幼稚なプロパガンダを在日新聞を通して工作した事実も比較 的新しい。この九州部落研究機関において何ゆえ縄文系、弥生系という大雑把な人類種のふるいわけを特に根拠も紹介もせず、確定 事項として取り扱う所以は至ってシンプルだ。 一重瞼の特徴を持った韓国人独特のニダー顔、所謂ツリ目とエラ、火病気質を混ぜ込み、 その一重瞼分類群に無理にカウントさせる為である。この少々乱暴な九州人の人種判別は、当然ながら 九州圏域や彼奴らの本国の南朝鮮にさえ存在する二重瞼郡などを全て縄文系の先住土人とし、 マイノリティーに仕立て上げようというのだ。その試みの一つに、私も調べて気が付いたが 母親からのみ伝達されるミトコンドリア情報の分布の共通性を、首都圏、東北、沖縄、北九州、南九州、中国地方等で調査し、測定 した後北九州系と思しきミトコンドリアの共通因子が首都圏では7割以上、 北九州でも7割、逆に東北、沖縄、南九州では縄文系因子の方が多いというデータ発表を部落の下僕の 筑波大学の協力で発表したことが挙げられる。九州イワイ部落民どもの言い分では、古来北九州圏域に 渡来移民が移住し、現地に住んでいた縄文系を追い払って日本中に拡散し、現地の縄文系は部落として 北と南の端に追いやられた裏付けだと言っているのだが、無論ミトコンドリアがそのような歴史的な 詳細を語ることは有り得ない。何故なら渡来系は九州から“のみ”上陸したと、これら南朝鮮渡来どもによって“勝手に決められて いる”が、現在の不審船の問題を見れば分かるとおり、日本海は非情に狭く、朝鮮半島どころか中国やらロシア辺りの位置からでも 、船さえあればゲリラ的に本州のあちこちに上陸できること、更に南朝鮮渡来移民団がもしも軍の体裁を成して本州中に攻め入った のであれば、現在何故九州の方言だけが、陸の孤島のように訓民生音であり続ける“現実分布と著しく反する”理由が不明だからで ある。九州部落民どものデータが正しいのであれば、尚一層、日本中で九州の訓民生音が標準語として話されていなければ辻褄が合 わないという、小林チョシノリのような間抜けな自己矛盾に陥るからだ。(周囲の愛情が得られない惨敗マン等)これらのことはむ しろ次の事柄を示唆する。
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| 09/10/19 23:02
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32: dfsdf
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所謂弥生系と、この九州部落学者どもが勝手に同類にしている一重の整形ジャガイモ人間、即ちニダー顔とは全く別の代物であるこ と。渡来の窓口は九州だけではなく日本の至る所に点在し、太平洋側にまでその圏域は上ること。現在所謂九州、南朝鮮系における ニダー部落が何故か連続した分布を持たず、細切れに点在し、それらは九州、兵庫、千葉、多摩というように広い間隔を持ったニダ ー人種の溜まり場になっているマイノリティー分布も見逃せないとうことだ。(新宿大久保等は時系列が違う為省略) 私は上記の捏造九州、捏造筑波大学の遺伝子マーカーが適切な数値であれば、 首都圏ではほとんどの人間は九州人、所謂ニダー部落民であると考えられるので、実験がてらに端的に人込みの瞼状況を確認してい ったが、3000人中7割がニダーどころか、ほとんどがこの九州部落どもが言う 縄文系、というより単なる二重が圧倒的に多く、町並みを歩き続けるだけでも十分に確認できるぐらいに 容易であった。何度も続けると一体どうなるのか、在日九州大学の部落民は最早涙目であろう。早い話、データと形態的特徴との差異は現実と合っていなかったのである。 この劣等人種九州大学の教授とか言う九州部落民は一体遺伝子から何を導き出そうとしていたのであろうか。渡来人は必ず朝鮮から 北九州だけを通って日本に拡散するものだと単純に思い込んでいたのであろうか、船さえあれば誰でもどこからでも上陸できるに違 いないなどと考えなかったのであろうか。 これらの裏付けに対し、恐らくこの九州部落どもは、自分達と同じニダー形成が最も高い地域である 千葉ニダー部落の存在が何故か本州の太平洋方面に存在している矛盾を勘付いているのかもしれない。日本の本州は先住者、渡来者 が移住先を求めて領地を手に入れようとしてあちこちから上陸していった名残が多く存在し、その渡来者の中にも先住者の中にも、 別段一重瞼、二重瞼の人間は自然発生で存在する為に縄文系、弥生系と括ると辻褄が合わなくなるのだ。(優性遺伝:二重、劣性遺 伝:一重、隔世し同配偶者間の家系で顕在化)そして、所謂本州の大和地方における豪族が九州からの渡来系であれば、何故殲滅戦 争が起きるのか。もし日本中が全て九州系弥生人とやらに征服されたのであれば、ブラジルで被征服者の言語であるポルトガル語や らスペイン語が話されるように、日本中が訓民生音を喋っているはずだが実際はそうはならなかった。即ちここでも事実と反してい るのだ。大和は九州と違って大和言葉を話し、それは九州朝鮮渡来とは別口の渡来混合人種の内、最も戦闘能力が高い種族が後から 同様に渡来してきた蛮族を平定、吸収し、技術を高めていった(原始的に奪い取った)からに他ならない。事実、本州での戦いの技 術はほとんどが鉄ではなく青銅器であり、九州朝鮮渡来の鉄器とは別物である。祭器の模様までもが違うのだ。そして遺伝マーカー の断片の一致、部分的一致は単にアジアの黄色人種における共通性が内奥されているだけに過ぎないのだとも言えるのだ。何故なら 、どちらがどちらを併合しても全く同じ遺伝因子分布が発生し、それは牝ではなく牡特有の遺伝情報から判別しなければならないか らである。従って白黒つける一番手っ取り早い方法は、日本中の国民の顔写真を一重二重に分類することであり、それだけで、大よ その答えは出てしまうのだ。 この劣等人種九州の捏造教育機関に組する部落学者は東京どころか日本中に今や点在することになり、 手口は年々巧妙化し、憶測と無根拠極まるデータをさも当然という面をして大衆に汚物代わりにばら撒いているのが日本の考古学上 における民族問題となっている。九州人はニダー系であって所謂弥生系ではない。(弥生系はジャガイモ顔ではないため)
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| 09/10/19 23:02
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33: dfsdf
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また、補足ではあるが、吸収圏域(部落)には、本州では全く見られない白黒まだらの不気味な カラス(カササギ?カラス)が存在する。これは本州よりも南朝鮮地方やら済州島で分布が多く確認できる個体であり、カラスの南 朝鮮部落だとも言える。南朝鮮渡来(傀儡)が持ち込んだのであろう。この生物は博多、那珂川、筑後川などの河川流域、所謂エタ ヒニンの生息地に分布が一致することも面白い事実だ。生きた文献データだとも言える。日本産のカラス(原始的)に比べひ弱(公 家的)であり、生存闘争力に欠け、年々その分布域は追われて縮小しているのだ。半径1平方キロ程度の間隔でつがいが電柱や柳、 松などに巣を形成する様子も九州部落では割と容易に確認できる。この個体は恐らく隼人(薩摩)が住む南方面や、本州方面へも、 南朝鮮部落民同様に勢力拡大を目指したのだろうが、現在分布はほとんど確認できない。日本のカラスの餌になったのであろう、所 詮南朝鮮産の生物では厳しい日本での競争に勝てず、かろうじて吸収部落にのみ生き残っている無様さは、主人のリアル渡来韓国人 、吸収人にそっくりである。 また、面白い事実の他には、薩摩(隼人)が島津となり、九州のほぼ全域を戦国時代に占領し、ネイティブ九州人(南朝鮮渡来) などは、危うく北九州の一部で秀吉の援軍によって助けられ、全滅併合の 難を逃れていることも一興だ。南朝鮮産人種は戦争もろくにできない寄生虫であり、恐らくその頃最も忌み嫌う、前述の“隼人の縄 文の血”とやらで、“九州の大部分の牝個体”は混血が促進されたことは優に想像できる。新しい部落(被征服)の誕生だ。瞼やミ トコンドリアでも調べてみると良い。いよいよ九州王朝説が、単なる九州部落朝説として転落していくのが見て取れるのだ。最早こ の九州部落大学の捏造考古学者どもは涙目であろうが、大人しく伊万里やら博多やらで南朝鮮磁器(イマリ)とやらでも作って部落 で細々と生活でもしている方が性に合っているに違いない。全くこれだからデータ一辺倒の底辺プロパガンダは困る。南朝鮮渡来は その人種どころかそこに住んでいる固有の生物まで戦闘力の無い至上最下等の劣等種であることが明らかになった良い事例だと言え るだろう。
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| 09/10/22 12:53
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34: 伊都国
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・九州に投票しました 伊都国が邪馬台国の都です。 邪馬台国=女王国・・・北部九州の国邑の連合国。
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| 09/10/23 18:34
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35: yosuke
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・九州に投票しました 卑弥呼が使っていたと推測されている、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が姿を現してしまった以上、邪馬台国は九州としか言いようがないでしょう。 今、九州国立博物館で公開展示中ですね。
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| 09/10/25 22:25
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36: 壱与
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・九州に投票しました 伊都国が邪馬台国(女王国)の都ですね。 邪馬台国とは北部九州の国邑の連合体。
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| 09/11/21 23:05
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37: 卑弥呼
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・九州に投票しました 私ゎ九州だと思ぅww 絶対、九州だょ♢。
私ゎそぅ信じる+。 だって卑弥呼ゎ私だもん笑
でも、これホントだょ!!! 信じるかゎあなた次第!!!
つぅ→か、ホントに私だょッ ぉ願Ll信じて><
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| 09/11/26 22:53
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38: 七海半太郎
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整理して申し上げます 1大倭王は、奈良に居ます――天皇の宮 2倭王は、九州に居ます===卑弥呼の宮 詳しくは、”七海半太郎“で、検索して下さい。
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| 10/02/02 09:43
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39: monk
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・大和に投票しました 邪馬台国の台の字は、当時の発音ではトと読んだそうです。
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| 10/03/23 06:39
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40: オールライト
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・大和に投票しました 今や言うまでもない。
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| 10/04/11 00:24
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41: ととひもも
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・大和に投票しました やまたい国。→やまと国。 が自然だと思うので。
箸墓古墳の件もありますし。
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| 10/04/11 09:55
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42: 神武東征派
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・九州に投票しました 3世紀、魏に朝貢できたのは九州北部くらいではないでしょうか。 当時の日本に畿内から九州までを統治する国家があったとは思えないので、 邪馬台国は九州にあったと考えるのが妥当でしょう。 邪馬台連合国の一派が大和を征服し、後のヤマト王権になるのだと思います。
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| 10/04/13 11:44
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43: 邪馬台国
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論争にはずみがつきそうです。中古にもプレミアムがつき、なかなか入手困難な書籍の一つだったのですが、このたびミネルヴァ書 房より待望の復刻が、「古田武彦・古代史コレクション」と銘打ってスタートしたようです。「初期三部作」と呼ばれている、『「 邪馬台国」はなかった』『失われた九州王朝』『盗まれた神話』の三冊がまず復刻されました。次いで『邪馬壹国の論理』『ここに 古代王朝ありき』『倭人伝を徹底して読む』の復刻予定とのこと。 特に初期三部作は古田史学のデビュー作と言うだけでなく、そ の学問の方法を徹底して重視した論証スタイルに古代史学界が受けたインパクトもかなりの強烈なものでした。
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| 10/05/09 17:50
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44: きん
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・九州に投票しました 九州に卑弥呼、大和まきむくに壱与が並立していました
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| 10/05/12 12:32
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45: 大宰府付近だったのでしょうか
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唐の占領軍隊の駐留場所は大宰府?だったのでしょうか。何かそれに絡んで言葉地名などが残っていないでしょうか? 唐に絡むも の、唐の政治言葉・・・。一説では2000人程度の駐留だったとの説もあり。九州倭王朝が負けて勢力を衰えていった時期、九州 では占領されてどのような扱いを受けていたのでしょうか?
一つの調査参考資料です。 九州年号中、最も著名で期間が長いのが白鳳です。『二中歴』などによれば、その元年は六六一年辛酉であり、二三年癸未(六八三 )まで続きます。これは近畿天皇家の斉明七年から天武十一年に相当します。その間、白村江の敗戦、九州王朝の天子である筑紫の 君薩夜麻の虜囚と帰国、筑紫大地震、唐軍の筑紫駐留、壬申の乱など数々の大事件が発生しています。とりわけ唐の軍隊の筑紫進駐 により、九州年号の改元など許されない状況だったと思われます。 こうした列島をおおった政治的緊張と混乱が、白鳳年号を改元できず結果として長期に続いた原因だったのです。従って、白鳳が 長いのは偽作ではなく真作の根拠となるのです。たまたま白鳳年間を長期間に偽作したら、こうした列島(とりわけ九州)の政治情 勢と一致したなどとは、およそ考えられません。この点も、偽作説論者はまったく説明できていません。 この白鳳年号は『日本書紀』には記されていませんが、『続日本紀』の聖武天皇の詔報中に見える他、『類従三代格』所収天平九年三月十日(七三七)「太政官符謹奏」にも現れています
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| 11/01/29 00:35
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46: ぱぱいや
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・九州に投票しました 邪馬壹国(邪馬臺国)は奴国を中心国邑とした九州の北半分ほどの地域であり、倭王は伊都国に居して倭の国々を支配していた。 『魏志倭人伝』は正確を期するため同じ行程を距離と所要日数とで繰り返し併記しているのである。この解釈の方式であれば、従来 は矛盾しているとされていた距離や方角、その他の問題も完璧に説明できる。(この里は東夷で使われた短里であり1里≒76mである とする) 目的地まで(帯方郡郡治〜奴国)を各距離(里数)と各所要時間(20日+10日+1日)と総距離(12,000里)とで3重に、旁國(奴国〜奴国 )を通過する国名と総距離(5,000里)とで2重に、(女王国〜裸国 黒歯国)でも同じ行程を距離(4,000里)と時間(12日)とで2重に併 記している。
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| 12/04/28 15:20
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47: ああああ
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・大和に投票しました 奈良県出身だから
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